W章 天文台と大型映像
21.天文台
21−1)天体観測設備への期待
21−2)天文台での博物館的活動(資料収集,普及,調査研究)
1)展示活動
2)資料収集
3)普及教育事業
4)調査研究事業
21−3)導入に際しての留意点
21−4)名古屋市科学館の例
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98年3月23日 筆者が業務の一部としている天文台、天体観測施設、公共天文台等の現況を概観する目的でまとめたが、未完状態である。
21 天文台
21−1)天体観測設備への期待
屋上に銀色に輝く天体観測用ド−ムがあると,いかにも科学館らしい雰囲気が伝わってくる.これを見るとなぜか心がはずむと言う人は少なくないし、入口へ向って歩いている時に目に飛び込んでくれば「やっぱり日常と異なった面白そうなところにやってきたのだ」という感じを受ける見学者も多いのではなかろうか.科学館の屋上に設置された天文台ド−ムは科学館を象徴する格好の宣伝広告搭としてまず見学者を期待感で引きつける.
同じ科学館の一設備であっても,天文台には通常の展示品とは違った独特の役割がある.以下ではそんな特徴を見てみることにしよう.
なお,最近では科学館から天文台だけが独立したような望遠鏡を中心とした施設が増えてきた.いわゆる公共天文台と呼ばれている施設である.兵庫県立西はりま天文台の調査によれば、1998年現在、全国に約210施設があり、そのうち望遠鏡が中心となっている純粋の天文台が100弱、科学館等の付属施設と位置づけられる館が100強である。これだけの数の公共天文台は世界でも例がなく,わが国独特の施設である.純粋の公共天文台も守備範囲を天体に限定した科学館と見ることができるが、ここでは科学館の付属施設としての天文台について言及することにしたい.
21−2)天文台での博物館的活動(資料収集,普及,調査研究)
科学系博物館における天文台の役割を挙げてみると次の4点に集約できる。.大学付属の天文台のように研究を目的とした学術系天文台と異なり,科学館のそれは普及教育の一設備であり,それに特化されていることが大きな特徴である.
・展 示 − 観測設備そのものの資料的役割に注目し,展示
品とする
また,収集したデ−タを整理して展示化する
・資料収集 − 設備を生かした観測デ−タの収集
・普及教育 − 観望会等による実物教育,収集した観測デ−タ
に基づく諸活動
・調査研究 − 収集されたデ−タを整理し,処理する中から新
しい知見を得る
1)展示活動
望遠鏡やその他の天体観測設備は基本的には工業製品であり,歴史的資料や美術品のような資料的価値はない.しかし,個人で所有するには経済的にむずかしく,その点、希少であって、科学館資料として展示されている.兵庫県立西はりま天文台の太陽望遠鏡などは造形的にも“見せる”ことを意識しており,太陽自体の解説もさることながら,太陽の観測装置とはどのようなものかを興味深く紹介しようという意図が感じられる.また,昼間,休眠状態にある天体望遠鏡を静的展示として外観を紹介しているところが多い.
観測設備を資料収集に活用し,得られた資料を展示化している例は多い.その資料はほとんどが画像あるいは数値的デ−タなので,写真パネルやコンピュ−タ画面に変換して展示にする.天文台で観測デ−タを取得するということは,自然史系の博物館にたとえれば昆虫採集であり,化石の発掘や植物採集といったことになろうが,このような実物資料でないところが科学館資料としては弱いところである.しかし,いかに幼拙であろうと独自に取得されたデ−タには職員の熱意が感じられるもので,たとえば,彗星出現などに際して継続して撮影された写真などの展示は見学者を大いに感動させるものである.より質の高い写真が新聞紙上で紹介されていても,それとは異なる味を見学者は敏感に感じ取るのである.
2)資料収集
写真などの観測データを取得しないことには展示も普及も成立しないから、設備を生かして独自に観測したいものである.主目的は展示や普及教育活動での活用であるが,学界・教育界へも貢献できることがある.観測設備の能力に応じてさまざまな天体が対象となるので,設備が貧弱だから不可能ということはない.中でもっとも容易なのは撮像観測である.小惑星,彗星,新星の発見や光度観測などは撮像観測によって行なわれてきたし,これが展示や普及教育には最も効果的であり,観測の基本と言ってよい.公共天文台の中には太陽黒点観測に熱心にとりくんでいるところや未知の小惑星を続々発見しているところもある。高感度の冷却CCDカメラはほとんどの天文台に導入されており,活用したい.もっとも、夜空があまりにも明るく天体観測に適していない大都会の科学館等では望むべくもないことではあるが。また,高精度の測光装置や分光器を装備するところも徐々に増えており,天体物理学的資料も科学館で得られる状況となってきた.撮像観測に加えてこれらのデ−タがあれば,その天文台だけの資料で特別展示や講演会なども開催できるわけで,資料収集に努めたいところである.ただ、天体観測は夜間作業が基本であり、職員の勤務条件については十分な手当てを考えなければならない。
3)普及教育事業
科学系博物館の天文台に最も期待されているのは普及教育活動への貢献である.つまり,天文台を活用した観望会の開催である。展示関係は二次的資料がほとんどという宇宙・天体分野にあって,天文台は実物への接点となっており、まだ見たことのない天体を直接自分の目で見たいという見学者の要望は強い。したがって、天体観望会は眼視による観察が中心となる.覗きやすいように光学系に独特の工夫を加えたり,ド−ムを広めに作ったり,人の流れを意識した動線にしたり、車椅子でも入れるようなドームにしたり、といった様々な工夫は全て観望会に最適なようにとの配慮からである.また,主望遠鏡以外に小型望遠鏡を備えたり,悪天候に備えてビデオ等に画像を収録しておくといったこともやはり観望会を意識してのことである.
また、天体撮影教室などのように望遠鏡を用いた教室や講座なども試みられている。公共天文台では小望遠鏡の貸し出しは普通のことであり、主望遠鏡も貸し出しているところがある。
4)調査研究事業
収集されたデ−タを注意深く整理し,処理すると思わぬ結果が得られることがある.新星,小惑星,彗星などは以前に撮影された同領域の画像と比較することによって発見されてきた.先に触れたように、公共天文台の中には小惑星の発見に力を注いでいるところもあり,学界に大いに貢献している.このような発見に至るまでには長時間にわたる観測やデ−タ処理,あるいは関係情報の収集などが必要で,大変な努力の成果と言わなければならない.このような大発見でなくても,太陽面観測、新星や彗星などの光度観測などは比較的手軽るにできる研究テーマであり,現に各所で行なわれている.
調査研究のためには、まず天文台を活用して資料収集しなければならない。そのデータを展示や普及教育活動に使用できるよう処理する過程が調査研究である。したがって、天文台を活用した事業では資料収集・展示・普及教育・調査研究の4者は自然な流れとして一体のものとなっている。
21−3)導入に際しての留意点
先に、天文台ド−ムは科学館を象徴する宣伝広告搭であると述べたが、この宣伝効果は見学者だけでなく,潜在的利用者である一般市民にも強い印象を与えることができる。一例として明石市立天文科学館を見てみたい。この館の塔とその上に銀色に輝く天文台ドームはいかにも科学館らしい印象を与えている。塔とドームがあればこその効果であり、もし平凡な外観で、ドームが館内に収まっていたらどうだったろうか?いずれにしろ,どこからもよく見えるド−ムは科学館らしさを醸し出す大事な要素である.もし科学館の天文台に期待するとすればまずこの点であり,宣伝効果をあげるためには誰にでも分る半球状ド−ムにするのが賢明である.
科学系博物館における望遠鏡の中心的役割な普及教育事業への貢献であるから,それに最も適したように設計しなければならない.口径60cm程度の望遠鏡になると目で覗くことは重視しないというのが学術系天文台での設計思想であったが,最近ではメ−カ−の理解も進んでおり,公共天文台や科学館用には観望に最適な方向が意識されるようになった.口径や光学系,支持架台の形式,ド−ムサイズ,空気の流れ、温度制御法、光検出器などあらゆる面にわたって独特の配慮が必要である.このあたりになると経験者の意見を尊重して,その場に合せた設計が必要となろう.研究用よりも条件が厳しい点が多く、それだけ経費がかさむことを覚悟しなければならない。
また,天体観望会は多人数を長時間、それも夜間に集める事業であり、展示場や夜間出入口,休憩室,トイレ等との位置関係、冷暖房,障害者の移動を意識して望遠鏡までの段差をなくすなどの動線への配慮も必要である.
21−4)名古屋市科学館の例
科学館の天文台の事例として名古屋市科学館を取り上げてみよう.この天文台は名古屋市科学館の設備の一つであり,管理運営は天文系学芸員によって行なわれている.天文系学芸員の主たる業務はプラネタリウムの運営に携わっており,天文台関連事業は副次的である.口径65cmの望遠鏡は通常より大き目サイズのドームに格納されており,ガイド望遠鏡やファインダーの接眼部を主望遠鏡の接眼部に隣接させ,ビデオモニターもそこに埋め込んで,操作性の向上を図っている.これらはすべて観望会に配慮して設計したためで,その目的は十分達成されており,大変使いやすい望遠鏡となっている.この大きな望遠鏡を駆使した観望会には「市民観望会」と「昼間の星をみる会」の2つがあって,市民観望会は年に12回程度,昼間の星をみる会は25回ほど開催されている.市民観望会にはプラネタリウムの講座もついていて,定員は300名,希望者は往復はがきで申し込む.観望会自体は数時間で済んでしまうが,往復はがきの処理や料金徴収,解説リーフの作成などの事務量はその何十倍にも達するであろう.定員300名の観望会では10名以上のスタッフが必要であり,大変手間のかかる事業であると思われる.昼間の星をみる会は午前11時〜午後2時で,曇天時には天文台の公開を行っている.これは昼には星が見えないという常識に挑戦する意外性があって好評である。また、口径65cmという望遠鏡の大きさに依存する面があり、口径を有効に生かした行事と言える。
表1.全国の主な公共天文台(口径が60cmを越える反射望遠鏡,あるいは口径20cmより大きい屈折望遠鏡を有する施設.兵庫県立西はりま天文台の1998年の統計資料から)。備考の「付属」は主たる業務が展示等であり、天文台は科学館等への付属施設であることを表す。
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天文台名 所在地
開設年 口径 備考
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名古屋市科学館 愛知県 1964 65
付属
京都市青少年科学センター 京都府 1969 25
付属
香川県立五色台少年自然の家 香川県 1971 62
財団法人岐阜天文台 岐阜県 1971 25
北軽井沢駿台天文台 群馬県 1984 75
付属
神戸市立青少年科学館 兵庫県 1984 25
付属
日原天文台 島根県 1985 75
栃木県子ども総合科学館 栃木県 1988 75
付属
しょさんべつ天文台 北海道 1989 65
兵庫県立西はりま天文台公園 兵庫県 1990 61
福井県自然保護センター 福井県 1990 80
尾鷲市立天文科学館 三重県 1990 81
付属
滝根町星の村天文台 福島県 1991 65
星の文化館 福岡県 1991 65
葛飾区郷土と天文の博物館 東京都 1991 25
付属
姫路市宿泊型児童館星の子館 兵庫県 1992 90
付属
美星天文台 岡山県 1993 101
星のふるさと館 新潟県 1993 65
にしわき経緯度地球科学館 兵庫県 1993 81
付属
さじアストロパーク 鳥取県 1994 103
益子町天体観測施設 栃木県 1994 25
輝北天球館 鹿児島県 1995 65
綾部市天文館 京都府 1995 95
かわべ天文公園 和歌山県 1995 100
星の動物園 みさと天文台 和歌山県 1995 105
牛窓研修センターカリヨンハウス 岡山県 1996 65
花立自然公園 茨城県 1996 82
南阿蘇ルナ天文台 熊本県 1996 82
長崎市科学館 長崎県 1997 70
付属
ディスカバリ−パ−ク焼津 静岡県 1997 80
付属
富山市天文台 富山県 1997 100
付属
りくべつ宇宙地球科学館 北海道 1998 110
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