加藤賢一 データセンター

科学館における調査研究

Z章 調査研究

34.科学館における研究
1.科学館の4つの機能と調査研究
2.科学館での調査研究の実例
3.科学館における調査研究の特徴
4.4分野の調査研究
5.これからの調査研究
6. 専門職種の存在証明と変化する研究環境

35.方法
1.研究スタイル
2.研究計画の策定と進行点検
3.学会や関係者との連係
4.博物館的研究と大学的研究についての井尻正二の見解


36.成果と評価

98年3月23日

筆者が業務としている科学館の調査研究について現況を概観し、その方法論や評価法について考える目的で執筆を始めたが、未完状態である。

34.科学館における調査研究

1.科学館の4つの機能と調査研究
 科学館あるいは一般的に博物館の4つの機能(資料の収集・保管,展示,普及教育,調査研究)の一つとして調査研究があげられている.法的には博物館法の規定に根拠を求めることができようが、法的な根拠があろうがなかろうが、資料を展示や普及活動として「教育的配慮の下に一般公衆の利用に供し(博物館法第2条)」ようとすれば、そこに調査研究に基づいた情報の加工というプロセスが介在してくる。資料の同定からはじまり、資料のどこに注目してほしいのか、どのような価値があるのか、なぜ展示されるべきなのか、といった情報が提示されなければ展示としては不十分である。資料の持つ価値をきちんと押え、分りやすく提示すること、それが調査研究の最終目標のひとつである。普及教育活動にしても同じで,文献の一つにも当ることなく,また予備実験なしで,教室やら実習講座で指導できるとはどうしても思えないのである.また,博物館施設に課せられた使命である資料の収集・保存にあたっても何をどう収集し、いかに保存していくか、これも調査研究なしには進めることができないであろう。こうした意味で博物館の4つの機能は並列するものではなく、加藤(1996)が指摘したように階層構造を成していると見るべきであろう。
 加藤(1996)は博物館の4つの機能は不可分のものであるとし、さらにこれを第一次機能(基礎機能)と第二次機能(活用機能)に分け、資料の収集、整理・保存、そして調査研究を第一次機能、展示や教育普及活動を第二次機能として整理した。その上で、「第一次機能から第二次機能を確立してこそ現代博物館の本来の機能といえるのである」「博物館における調査研究活動は、収集・保存・教育普及活動の根幹をなすもので、博物館機能の主要なものである」と主張した。
 博物館活動の基礎部分を調査研究が構成しているとする見解は多くの識者が提示していることであり、関(1993)、伊藤(1991、1993)、倉田・矢島(1997)のいずれもが展示や普及活動の背後に調査研究活動があることを指摘している。中でも伊藤(1993)は「博物館における調査・研究というものは、こうした物の調査・研究とともに、収集法や展示法、また教育事業のもち方など、各機能に関しても必要です」と記し、調査研究を博物館事業のあらゆる側面において展開されるものであることを短い文章のなかに明確に述べている。
 このように重要な機能であるにも拘らず、科学館関係者(特に管理者)の中には「調査研究は学芸員が好き勝手なことをやっているだけのことであり,そんな時間があるなら展示や普及活動をやってほしい。研究したいなら研究所や大学へ行け」と明言する人もあるくらいで,科学館の調査研究は害悪であると見ている人は決して少なくない(たとえば,矢野 牧夫、1992、博物館研究 27, No.8, p.4)。これは全くの暴論であり、すでに千地(1978)によって完膚なきまでに鋭く批判されていることであるが、関係者の多くの認識はまだこの程度と思うべきかも知れない。他の機能とは違って,調査研究の位置づけについてはまだまだこのような混乱が見られる.調査研究が基礎的機能であるため,目に見える形になって表れる機会が少なく,人によってその役割の認識度が違っているからである.しかし、以下で見るように科学館でも調査研究は幅広い分野でしっかり行なわれており、特にソフト面で展示活動や普及教育活動に大きく貢献していることが分るであろう。

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 博物館法の第3条(博物館の事業)に

 四 博物館資料に関する専門的,技術的な調査研究を行うこと.
 五 博物館資料の保管及び展示等に関する技術的研究を行うこと.

とあって,これが科学館や博物館で調査研究を行う法的根拠とされている.
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2.科学館での調査研究の実例
 各館が発行している館報あるいはそれに類する報告書を見ると、ほとんどの館では調査研究を業務の一つに挙げている。設置条例を見てもそうである。ただ、どの程度実際に行なわれているか、それは館の状況によってさまざまである。
 ここでは代表的ないくつの科学館の研究報告誌に掲載された論文を実際に見てみることにしよう。なお,各論文の分野を以下のようにA〜Eの5種類に便宜的に分けてみた.これは厳密な分類ではないので,参考程度に見ていただきたい.

A : 資料研究(収集資料についての研究,保存技術,など)
B : 学術研究(収集資料に限定しない研究,観測,調査など)
C : 博物館学研究(展示品,展示法,展示評価など)
D : 教育的研究(普及教育実践,教授法,教材開発など)
E : その他

  表1〜4までは公立の科学館である。それぞれの館の特色がよく出ている.仙台市科学館は学校教育実践が中心で,千葉県立現代産業科学館と名古屋市科学館は博物館学的研究に比重があり,大阪市立科学館は一般的普及教育活動を主とした内容となっている.各館の日常の活動がそのまま現われているわけではなかろうが,それぞれの置かれた状況,設立経緯,地域性などがこれから想像される.全体を見ると収集された資料の分析や解析,館外にも研究資料を求める学術的研究などがほとんどないことが分る.
  比較のため表5に国立科学博物館の理工学部門から出版されている研究誌の目次を示しておいた.すべて収集資料の解析と技術史の研究であり,内容も高い水準にある.論文数が少ないのは他の学会誌等に発表するなど,発表の場が多いからと思われる.
  こうして見ると,大堀?(1997)が指摘するように「科学館は教育機能を重視した施設で,資料収集は展示と教育のためだけに行い,資料を対象とした研究活動は行わないのが特徴である.欧米ではこれを Science Center として伝統的な Science Museum と区別することが多い」ということであろう.科学館が全く資料を対象とした研究活動を行っていないわけではないが,比重が極めて低いことは確かであって,それは歴史的あるいは学術的に価値のある資料を収集保管して市民に提示することを目的としていないという科学館の特殊性に根ざしている.その代わり,科学館が重視する教育活動では実に活発な調査研究活動が行われていることは表1〜4から明らかである.
  科学館の中には自然史系の分野を有している館もある.その一例として表6に川崎市青少年科学館の紀要の目次を示しておいた.ほとんどが収集された資料の解析であり,野外調査等の学術研究である.生物系,地学系と理工系の活動スタイルの違いが歴然と現われている.

3.科学館における調査研究の特徴
  上で科学館の調査研究の特徴については一部触れたところであるが,展示と普及教育に関して行われている調査研究が相当幅広いものであることを示しておきたい.
  札幌市青少年科学館と栃木県子ども総合科学館の館報を見ると,来観者へのアンケート調査,展示品改良,展示解説資料作成などを調査研究と位置づけて行っている.他館でも来観者へのアンケート調査を調査研究として挙げているところは少なくない.アンケートの中心は展示品に対する評価で,学芸員の意図するところが見学者に伝わっているかを調査している.展示品改良が調査研究に一緒に挙がっているところを見ると,アンケート結果は新展示品制作の際の基礎資料にしようということであろう.
  これまでわが国では展示品の評価(evaluation)はほとんど行われることはなかった.
歴史的資料や自然史系資料が中心の場合,その必要がなかったということかも知れない.しかし,科学館の展示資料はそれらと異なり,資料それ自体に価値があるのでなく,その原理や法則を示すその機能が重要であって,再製作してよりよく機能を発揮させることもできる.こうなると展示品が本当に機能を発揮しているか評価して,より分かりやすくなるよう改良しようと考えるのは自然である.加藤(1996)は博物館の第二次機能(活用機能)として展示と普及教育を並列させているが,科学館では展示を普及教育の一手段としてしまったと言えるかも知れない.
  こうして,科学館における調査研究活動は幅広いものとなった.伝統的な収集資料に基づく調査研究は,ほとんどの場合,展示の製作に際してのみ行われるように変身し,いかに見学者に対する教育効果を高めるかに関心が移っている.先に「科学館の調査研究は害悪であると見ている人は決して少なくない」と述べたが,このような発言をする人はまったく現在の科学館を知らないと言わざるを得ない.このような人たちがイメージする調査研究とは伝統的な大学的な学術研究であって,そのようなことは科学館ではほとんど行われていないのである(極めて残念なことだが).もちろん,資料収集の範囲を狭く限定している現在のスタイルが良いのかどうかの評価は別問題である.もし,他館との区別して特徴を持ちたいとか,地域密着型を志向しようとすれば,資料収集とそれに基づく展示,それらを支える調査研究を重視しなければならないであろう.川崎市青少年科学館の例はそれを端的に示していると思う.

4.4分野の調査研究
  先に各館の調査研究項目を資料研究,学術研究,博物館学研究,教育的研究と4つに分類しておいた。これは全く便宜的であって、種々の分類があるが、ここでは一応この4つについてその特徴を見てみることにしよう。
1)資料研究
  科学館での資料収集は展示と教育用に限定されていることが確かに多い.しかし,これはまったく資料に基づく調査研究を行う必要がないことを意味するわけではない.伝統的な博物館では収蔵資料の中から目的に応じて選択して展示に組み上げるのに対し,科学館では先に展示品の構想があってそれに合わせた資料を収集することが多いためにそのようになっているのである.科学館では常設展示の作り方が特別展や企画展のそれに似ているとも言える.ただ,教具に類する資料では原理等は既知のことであり,資料研究の余地は少ないのは確かである.
  資料研究の一例を姫路科学館年報(1994年度版)を見ることができる。そこでは「天文に関する写真資料の収集」,「太陽黒点」観測を調査研究に挙げているが、これらは即座にプラネタリウムや展示に供することが期待されている。つまり,資料収集が展示と教育に限定されている典型的な事例である.ただ、写真資料や黒点の生データは一資料にすぎず、それを処理したり,解釈や解説を加えて二次資料として初めて展示や普及活動に活用することができる.その過程はまさに調査研究の領域である.
  もう一つの例として富山市科学文化センターの1993年度の館報を見てみよう.天文分野では天体写真特性の調査,変光星の研究など,物理分野では降雪雪片の研究,日本の雪環境データベースの構築など,化学分野では富山市内の降下物,酸性雨調査などがあがっている.これらの調査研究分野は富山市科学文化センターの地域的特色を生かした展示と密接な関わりのもとに選ばれていることがうかがわれる.科学館の資料研究の特色がよく出ている例と言えよう.
  科学館の歴史が浅いために資料収集があまり進んでいないということもある。館によっては相当資料収集予算を有しているので、これから科学史や技術史関連資料が科学館に集積されることは十分考えられる。
2)学術研究
  学術研究では,研究資料を館の内外に広く求め,研究成果が展示品や普及活動に将来的に結びつくことを期待して行われる.先に研究テーマが設定されて,それに従って調査研究を進めるうちに資料が収集され,関係者とのつながりが生まれてきて、10年先の特別展や展示改装に結実するというような場合である.学術研究を円滑に進めるには館の長期的な計画が必要であり,これがないと位置づけが不明確になってしまう.
  現在のわが国の科学館を見ると学術研究の例は少なく、科学史や技術史の分野で例外的にいくらか行われている程度である。学芸員の層が薄く、学芸体制の脆弱性が露呈している調査研究分野である。また、学問分野としても学術研究が行いにくいという性格も手伝っている。それは表6の川崎市青少年科学館の例から推察されることで、自然史系では野外調査など、比較的身近に研究題材を求めることができるが、地域性の薄い理工系ではそれが難しい。物理や化学分野でまともに学術研究を行おうとすれば世界の大学や研究所と対等に渡り合わなければならないが、これはいかにも現実離れしている。
  相当周到に計画を立て、戦略を練らなければ科学館での学術研究は不可能に近いと言わざるをえない。しかし、将来の館のあり方を見据えた時、10年先、20年先を目指した学術研究は大変重要である。
  学術研究は学芸員の専門性が色濃く表れる分野である。生涯学習時代を迎えて科学館・博物館は専門性を備えた教育機関として期待が高まっているが、その施設の専門性を荷っている学芸員には大いに専門性が求められるようになっている。市民の前に立った時、どれだけ自信を持って話ができるか、それはその学芸員の長い経験や豊富な知識、それを適切に表現できる自信と能力といった学芸員の専門性に依るところが大きい。学術研究に長い経験を有する学芸員はその分野は誰よりも豊富な知識を持っているはずで、その経験と自信に裏打ちされて各種の普及教育行事に生き生きと臨むことができるのである。こうした点でも学術研究は大いに奨励されるべきである。現実には各種の調査研究のなかで最も軽視されているのが学術研究だと思うが、それは学術研究に時間を割くことができないという忙しい学芸員の日常に問題があるからと言わざるを得ない。
3)博物館学研究
  科学館の調査研究の中心は博物館学に関するものである。それは、科学館のあり方に対する考え方がどんどん変化しているため、それに伴って展示品や活動スタイルを変更させていかなければならないという背景も手伝っている。規範とすべき標準がなく、年中暗中模索状態にあるからとも言える。また、情報化、若年層の理科離れ、国際化といった社会の変化を敏感に感じ取り、展示手法研究に精力を注いでいることが各館の研究誌からうかがわれる。
  先に述べた来観者へのアンケート調査、新展示品あるいは展示手法開発、視聴覚機器の有効活用法の開発、コンピュータネットワークやデータベースの構築などが表に見えている。他にも展示品改良を調査研究にあげている館がある。
  それに加え興味深いのは科学館の在り方論が展開されていることである。表にも見えているし、広島市子ども文化科学館の研究誌にも載っている。これなども歴史博物館や美術館等ではあまり見られない現象ではなかろうか。科学館は展示ばかりでなく、その在り方についても規範に乏しく、悪く言えば混乱状態ということを博物館学研究の実態は示している。博物館学研究はもっと重ねていかなければならないということである。
4)教育的研究
  科学館の活動の柱だけに普及教育に関する調査研究は活発である。学校教育中心の科学教育センターが科学館を名乗っている場合は教育が中心となるのは当然としても、一般市民対象の科学館でも調査研究の中心の一つは教育関係である。
  これは普及教育行事が多いこと、サイエンスショーのような演示活動が新たに導入されるようになったこと、教材が十分開発されていないこと、学芸員の経験年数が短いことなどに起因するもので、科学館の特殊性と歴史が浅いこと、すなわち、その未成熟さに根ざしている見ることができる。

5.これからの調査研究
 科学館で何か新しい活動を始めようとすれば調査と研究は欠かすことができない。それは資料を中心とした教育・研究機関である科学館の宿命であり、逃れることはできない。では、これからの科学館でどのような調査研究が求められるであろうか?
1)資料研究および学術研究
  館の中・長期的な将来構想を描く中で、新たな展示や普及教育活動のアイデアが固まり、それを実現するためのプログラムも見えてきて、どのような基礎資料を収集するか、何をいつまで調査研究しなければならないか、明確になる。そこで初めて資料収集や調査研究は業務として位置づけられ、館全体の理解のもとで進められる。逆に言えば、資料収集や調査研究が業務として位置づけられていない館は明確な将来構想案を持っていない、ということになるが、現実はいかがであろうか。
  科学館がその齢を重ねていけば、自然に資料は集まってくる。資料が少ないうちは問題がないが、やがて資料台帳や資料カード作成、資料の整理・保管等が必ずや問題となる。現在、理工系の資料データベース構築の研究が全国科学博物館協議会によって進められているが、これはそうした事態を見越した先進的研究である。歴史の長い自然史系では当然のことであろうが、理工系ではこれからの研究課題となる分野である。
  第二次世界大戦より50年以上を経て戦後が歴史になろうとしている。終戦直後に活躍した人々は引退し、当時の機器類や関係資料の多くは新しいものに交代するとともに廃棄されてしまったものが多い。この50年間の科学・技術の進歩は目覚しく、それまでの数百年にも匹敵するほどである。終戦後の資料を収集し、詳細な記録を残しておく最後のチャンスである。科学館は地域の科学・技術の変遷を記録しておく最適の機関であろうと思われるので、歴史博物館にはなじみにくいこうした資料を収集し、研究することはだいじである。
  先にも述べたが、生涯学習時代に臨んで学芸員の専門性が問われてくる。もっとも専門性の表れる学術研究をだいじにしたい。研究テーマは各学芸員の特徴が発揮できるようなものが最適だが、館の専門分野を勘案して決めたいものである。
2)博物館学研究、教育的研究
 科学館の在り方にガイドラインがあるわけでなく、どのような活動を展開していくべき
か、博物館学の調査研究に終りはない。国内外の同種他館の調査に始まり、先に述べたアンケート調査や展示品の評価、社会構造の変化に対応した経営戦略の立案などはこれからの重要課題と考えられる。
 特に、展示化のための調査研究は当分続くだろうと思われる。操作型や参加型展示品などは製作されるものであり,いくらでも開発・研究の余地はある。それも長年市民の目にさらされるものであるから、慎重な調査研究が必要である.館の目的達成のためにどのような展示が適切なのか,具体的にどのようなものを並べるのか,の検討から始り,「作ってみたが動かないものができた」とか「作ってみたがすぐ壊れた」という事態を避けるため,場合によっては予備実験や開発研究等も行うべきである.開館して5年目で60%以上の展示品を交換した科学館があるが,それは開館時に調査研究に必要な時間と経費を省いたため、誰の目にも不適切としか見えない展示品を製作してしまったからである。この実例はいみじくも調査研究の重要性を教えてくれている.
  また、展示品につける解説文を書いたり,解説書を作成するのは意外に骨の折れる仕事である.その分野の調査研究の経験があって内容に通暁していれば自信をもって間違いなく書くことができるはずである.
  展示品の評価(evaluation)は先に触れたところだが、展示ばかりでなく、普及教育や
資料収集などあらゆる活動にわたって評価が求められることになろう。館ならびに学芸員は情報提供者として最善・最良のものを提供していると信じているが、それがどのように市民に受け入れられているかを知り、新たな戦略を練ることは市民の施設としては重要なことである。「資料を大事に保存しておくのが科学館の使命だ」と叫んでも、許してもらえる状況ではない。ではどのような事項を評価対象とし、どこまで作業を行えば適切なのか、またどの程度をクリアーすれば良い評価になるのか、といった評価の内容はまったく不備な状態である。調査研究が待たれる。
  また、社会構造の変化への対応としては生涯学習社会・高齢化社会にあって科学館がどうあるべきか、研究していかなければならない。変化する社会構造に対応するため,一生涯、学習が必要というのが生涯学習社会の基本的スタンスであるが、それは一方では個人の能力をいかんなく発揮する新たな自己実現の道でもある.意欲を持っているのは青少年ばかりではない.「退職したので,若いころにできなかった勉強をしたい」という元気なお年寄りが確実に増えている.彼らの学習意欲に応えるためには学芸員は専門家として彼らの前に立たなければならない.彼らの多くは社会の中で長年活躍してきたエキスパ−トである.基本的な能力はもちろん備えており,別の分野では専門家であることも珍しくない.そんな人生の達人の相手をしなければならないのである。どのようなプログラムを提供すればよいのだろうか?調査研究の余地がありそうだ。
  さらにこれからの社会の変動を予想すると、館の経営戦略のための調査研究が重要性を帯びてくる。行政サービスの整理や統合が必死と見られるからである。端的には、科学館の運営経費は削減の方向に進むと見なければならないだろう。すると、入館者動向などが気になってくる。科学館の持つ資料保存機能などは入館者動向には関係しないが,展示場で閑古鳥が鳴くようではいくら資料保存の重要性を叫んだところで市民の理解を得ることは難しい.入館料が資金源として想定されている場合は一層深刻である.
  また、開館して数年後に入場者が減少したと言うのであればまだしも,当初から入場者が少ない館がある。これなどは一体どのような市場の調査研究,すなわちマ−ケッティングリサ−チをおこなったのか,疑問とせざるを得ない.そんな例として大型映像館の閉館問題をあげておこう.オ−プンして数年で閉館した大型映像館が一つならずあるからである.どのような調査研究に基づいて入館者数予想を立て、設置を決定したのか,理解に苦しむ.閉館理由は入館者数が少ないという純粋に経済的なものである.大型映像館は各地に実績があるのだから開館前に入館者数の予測はできたはずである.投資額,維持費とも高額な大型映像の導入には慎重に臨んだと思うのだが.なお,これについては23章も参照していただきたい.

6. 専門職種の存在証明と変化する研究環境
 調査研究のもう一つの役割として、学芸員が専門職として存在証明する場であることを付け加えておきたい。学芸員の専門性は最終的には展示や普及教育活動に結実することになるが、他の職種の人ではなく、学芸員であればこそできるのだという専門性を内外に周知させておく必要がある。それをとりあえず証明するのに最適なのが調査研究活動である。学芸員制度や研究員制度を導入している館では調査研究が明確に位置づけられていると思うので、調査研究を積極的に行い、そして他から評価されるような資料収集、展示、普及教育活動に結び付けて展開していくべきである。
 大学や研究所には調査研究活動に長い経験があり、ノウハウならびに研究手段が蓄積されているため、博物館的研究でも実は博物館より圧倒的に有利な立場にある。したがって、大学等の研究機関と連携すれば調査研究を円滑に進めることができる。最近、インターネットなどのコンピュータ・ネットワークが整備されて他機関との情報交換が容易になり、こうした交流に有利な状況が生まれてきた。高性能の情報処理機器が安価に入手できるなど、研究環境は大きく変化し、調査研究は整備されつつある。こうした有利な条件を生かして共同研究の方途を模索していくべきである。


参考文献
伊藤寿朗:1991、「ひらけ、博物館」(岩波ブックレットNo.188)、岩波書店
伊藤寿朗:1993、「市民のなかの博物館」,吉川弘文館
    :1997,大堀 哲編著「博物館学教程」,東京堂出版
加藤有次:1996,「博物館学総論」,雄山閣
倉田公裕・矢島國雄:1997,「新編博物館学」,東京堂出版
関(1993)
千地万造:1978,「調査・研究と資料の収集」(博物館講座第5巻),雄山閣出版
矢野牧夫:1992、博物館研究 27, No.8, p.4


表1.仙台市科学館研究報告(第4号,1994,96ペ−ジ,30論文)
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題         名                分野
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1.科学館実習
実験学習 実験157 運動の速さと力 D
実験学習 実験158 砂の正体をさぐる D
実験学習 実験159 水溶液と電流 D
展示学習 物理実験(E磁界の中にある電流のうける力 F大気圧)

展示学習 参考資料(科学館学習の内容) E
2.理科教育実験講座
低温の科学 D
気体の発生 D
空気でっぽう D
シャボン玉の科学 D
身近な材料を使った二酸化炭素の発生 D
顕微鏡の扱い方とプレパラートの作り方 D
校庭の樹木 D
泉区西田中焼河原の化石 D
仙台地域のふるさとの移り変わり D
参考資料(平成5年度理科教育実験講座一覧) E
3.中学校理科研修会
コンピュータによる運動の計測とデータ処理 D
水溶液の様子 D
顕微鏡による観察の手法 D
砂の教材化 D
4.社会教育
親と子の科学教室 チャレンジ・エアプレーン D
親と子の科学教室 パソコン教室 D
親と子の科学教室 砂の科学 D
親と子の科学教室 ロボットを作ろう D
サイエンスショー D
5.研究資料
チヨダニシキと大堤層 A
南三陸の淡水魚について A
仙台市内小学校の樹木調査について B
花粉の形態 B
気象衛星「ひまわり」雲画像のデータベース化について C
マルメディアソフト「環境問題よろづ覚え帳」制作について C
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表2.千葉県立現代産業科学館研究報告(第3号,1997年,105ページ,9論文)
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題         名                分野
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産業技術の伝搬と継承の視点による万国博覧会と科学博物館の研究

平成8年度特別展「エレクトロニクス通信展ーためして知ろう!通信のきのう・きょう・
あしたー」について C
平成8年度企画展示について C
特色ある教育普及活動の実施運営 D
科学技術博物館の新しい役割の一考察 C
Underground と Metroporitana B
史料を用いた工業教育実践への一考察:写真資料の保存と利用の視点から

千葉県立現代産業科学館設備の概要について C
近世日本における酒造技術の形成過程ー伊丹の酒造りを中心にしてー

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表3.名古屋市科学館紀要(第23号,1997年,64ページ,11論文)
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題         名                分野
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浮世絵に描かれた月についてー歌川広重版画の解析ー B
手軽に撮れる瞬間写真ーミルククラウン他ー C
生命を感じる生命館へ C
ハイビジョンによる天体映像の活用 C
ハイビジョンによる顕微鏡映像の活用 C
新展示「過去の地球を探る」について C
科学実験講座「クリスタルレクチャー」の企画から実施まで D
「科学でよむ宮沢賢治スペシャル」の企画と制作 D
名古屋市科学館インターネットの現状と課題 C
実験工作教室の充実にむけて D
IPSがやってきた!ーポストコンファレンス名古屋ー E
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表4.大阪市立科学館研究報告(第7号,1997年,151ページ,21論文)

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題         名                分野
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第1部
Mild A型金属線星 14 Del のスペクトル線解析 A
太陽活動領域における磁場と明るさの関係ー予備報告 A
高橋至時『新修五星法』における惑星位置推算法 A
大阪市立科学館のネットワークシステム(OMNET) C
素粒子崩壊をリアルタイムでみる展示について C
大阪市立科学館における酸性雨の状況 B
第2部
大阪市立科学館所蔵資料一覧 A
サイエンスショー「おもたい&かるい」実施報告 D
サイエンスショー「きれいな光を見てごらん」実施報告 D
サイエンスショー「電気で動かそう」実施報告 D
サイエンスショー「燃焼−どうして火がつくの−」実施報告 D
科学教室「空気の力」「結晶を育てよう」「だれでも作れる簡単ラジオ」実施報告

科学教室実施報告「おもしろ科学実験室〜ろうそくの科学〜」「天体望遠鏡を作ろう」

科学教室「夏だから冷たいものを作ってみよう」実施報告 D
科学教室「ドライアイスで遊ぼう」「紫外線の実験」実施報告

楽しい科学実験実施報告 D
楽しい科学実験「作って飛ばそう!紙とんぼ」実施報告 D
現代化学講座「量子の世界から見た現代化学」実施報告 D
高温超伝導体の作成と実験講座の実施について D
光速測定実験の実施とその結果について D
大気圧実験としてのホバークラフトの作成 D
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表5.国立科学博物館研究報告 E類(理工学)(第19,1996年,42ページ,2論文;第
20巻 1997年,38ページ,3論文)

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題         名                分野
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第19巻
鉄道構造物におけるフランス積み煉瓦の地域性とその特徴 B
江戸期の加賀藩で使われた13分割時法について A
第20巻
Thermal Diffusivity of Olivine and Garnet Single Crystals

Recent Light Curves and Period return Maps of RV Tauri Stars

旧日本海軍における電波探信儀の開発過程 A
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表6.川崎市青少年科学館紀要(第7号,1996年,60ページ,10論文)
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題         名                分野
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多摩丘陵における縄文時代晩期以降の古植生とモミーツガ林 B
川崎地域のホンドタヌキ調査(V) A
都市周辺部におけるオンドタヌキ Nyctereutes procyonoides viverrinus の環境利用

川崎市生田緑地のオオルリ繁殖例について B
川崎市生田緑地の真正蜘蛛類追録 A
太陽黒点の周期と変化 A
1993年太陽観測報告 A
天文学習におけるプラネタリウムの効果について D
スカイライン投影機スライドの歪み補正について C
気象観測記録 B
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35.方法


 本章では調査研究の方法として,2つの科学館で採用されている研究体制を実例としてとりあげ,どのように組織的に取り組んでいるかを見ることにしよう.そして,調査研究を進めるにあたって特に大事な事項を2,3付け加えることにしよう.

1.研究スタイル
 組織的に調査研究に取り組んでいる科学館の例として,まず,千葉県立現代産業科学館を見てみることにしよう.この館では研究の種類を総合研究,共同研究,個別研究,委託研究に分けて進めている.
 総合研究は「館の長期計画に基づく」もので,1テーマの期間を3年以内とし,1996年
度事業報告によれば1テ−マ実施された.共同研究は「特別展・企画展などを開催するためのグル−プ単位の研究」で,研究期間は2年以内である.個別研究は「館職員それぞれの専門性に即し,館の方針及び領域に即した研究」である.
 そして,この館のユニ−クなところは委託研究制度であろう.このような研究制度を有
している科学館はわが国にはないのでなかろうか.これは「必要に応じて調査研究テ−マを設定し,外部機関,団体や個人に調査研究の委託」をするものである.
 それぞれの1996年度実績は表1の通りで,研究成果は館の研究報告誌に発表されている.
 また,さらにユニ−クで先進的な取り組みは客員研究員制度である.これは「各専門分野において指導的立場にある研究者等を招へいし,当館の博物館活動に関わる研究及び研究指導を依頼し,館職員の資質の向上を図る目的」の制度で,1996年度は7名の研究員をのべ15回招いている.
 もう一つの例として富山市科学文化センタ−をとりあげてみたい.この館はどちらかと
言えば自然史系が中心だが,天文,気象,物理,化学分野の学芸員も在籍しており,非常に旺盛な調査研究活動を展開していることで知られている.また,調査研究活動が展示や普及教育活動と密接にリンクして,内容の濃い事業展開をはかっているのも特徴である.さて,富山市科学文化センタ−では調査研究を共同研究,分野別研究,博物館学的研究の3領域に分けている.共同研究は学芸員集団と外部の研究者が共同で行なうプロジェクトで,1996年度の「いたち川自然環境調査」では化学担当学芸員が水質調査に加わっているほか,2名の外部の研究者が参加している.分野別研究は千葉県立現代産業科学館の個別研究に相当するもので,岩石,古生物等々の10分野の学芸員がそれぞれのテ−マで行なっている.博物館学的研究は,展示や普及教育事業から管理運営まで含めた博物館全般に関する調査研究で,1996年度は「興味を惹く展示と技術に関する研究」から始まり,「博物館の行事参加者の安全に関する研究」まで10テ−マが挙がっている.
 科学館における調査研究のスタイルを考えた時,千葉県立現代産業科学館や富山市科学文化センタ−の例はおおいに参考になる.共に,全館あげての調査研究と学芸員の個性を生かした調査研究を並列させ,資料の収集・保管,展示,普及教育,マネ−ジメントまで含めた広い範囲を対象としている.ここに学芸員のバランス感覚の良さが感じられる.また,館外にも研究者を求めていることも共通しているが,これなどは館の理解者を得ることにつながることであり,おおいに推奨されるべきである.

表1.千葉県立現代産業科学館の調査研究活動(1996年度実績)
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種別      題目 註
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総合研究 ・大量生産技術の歴史的研究     1995年〜1997年
協同研究 ・平成8年度特別展「エレクトロニク 1995年〜1996年
      ス通信展ーためして知ろう!通信の
      きのう・きょう・あしたー」開催に
      ついて
     ・平成8年度企画展示について    1995年〜1996年
     ・特色ある普及教育活動の実施運営  1995年〜1996年
     ・科学技術博物館の新しい役割の一考 1995年〜1996年
      察
個別研究 ・Underground と Metroporitana
     ・史料を用いた工業教育実践への一考
      察:写真資料の保存と利用の視点から
     ・千葉県立現代産業科学館設備の概要
      について
委託研究 ・近世日本における酒造技術の形成過程
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2.研究計画の策定と進行点検
調査研究を円滑に進めていく上で最もだいじなポイントは、どのような題目で,どれだけ
の期間にどこまで明らかにするか,明確に目標を設定し、計画書として書き出すことである.調査研究活動は決して楽しいだけの作業ではないので、漠然とこうしようなどと思っているだけではなかなか進まないからである.研究が業務として正規に位置づけされているような場合は,いやでも研究計画書を作成しなければならないので分りきったことであろうと思う.もし,そういう環境にない場合,できれば複数名で研究計画書を相互に点検しあって作成されるよう勧めたい.研究計画書は長期的な計画のもとに短期的に明らかにする問題とその追究過程を記したもので、1年程度で仕上げられる程度に絞った方がよい。計画書には表2のような項目を含めておこう.館の研究報告誌の発行に合わせて結果をまとめるように計画するなどというのが実際のところであろう。

表2.研究計画書に含める事項
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・研究題目
・ 長期的に明らかにしたい事項
・ 短期的に明らかにしたい事項
・必要な機具や道具・研究手段、準備状況
・所要経費見込み
・成果の発表先

 調査研究が始まったら年に数回、進行状況をチェックし,問題があるならどこにあるのかを明らかにして,小刻みに計画を変更していくべきである.これもできれば一人ではなく、互いにチェックしあうと問題個所がよく分かるものである。
期限が来たら調査研究が終了していなくてもその時までの結果をとりあえずまとめたい.これは発表できるようなきちんとした形でなくとも良い。実際にはなかなか実行できないが、中断したままで放置すると再開した時に非常に苦労する、というのが筆者の経験である。そして,それ以上進めるべきか,中止すべきか決めよう.次年度も進めるなら、改めて計画書を作成することである。研究報告誌や館報は定期的に発行されるから,それに合わせて整理するのが良いかも知れない.学芸員はさまざまな業務を抱えているため,調査研究に専念することは許されないであろう.日々の業務に追われていると調査研究はいつか片隅に追いやられ,あっと言うまに1年が過ぎてしまう.よほど意志を強固にしないと調査研究は達成できない.そこで,いろいろな機会を見つけて進行状況を点検し合うことが必要になるのである.つまり,意識的に取り組み、自分自身を管理しないと調査研究の目標達成はむずかしい。だが、調査研究はオリジナリティの高さが身上であるだけに、誰も知らないことを明らかにするという目標が達成された時の満足感・達成感は他に代えがたいものがある。また、結果を報告した論文が他の研究者によって引用された時は、展示や普及活動で得られるものとは全く異なった満足感に浸ることができる。他の研究者に確実に影響を与えていることが分かるからである。

3.学会や関係者との連係
 調査研究はある問題に対し解答を与える作業であり,答えが分っている場合に追究する必要はないし,すでに解答が与えられている問題をそうと知らずにいれば無知と評価されるだけである.そのような無駄をしないように情報の網をしっかりはっておかなければならない。学会へ入会したり,関連雑誌に目を通したり、関係者と連係するのはそのためである.教育関連の論文を見て気づいたのであるが,同じような内容を各所で追究している例が実に多い.発表の場が整備されていないので仕方のない面もあるが,学校教育系学会は各分野に揃っていて情報収集も比較的容易であるから,教材開発などを志した場合は関係雑誌に目を通しておくよう,特にお勧めする.

4.博物館的研究と大学的研究についての井尻正二の見解
 科学館において大学で行なってきた研究を横滑りさせて継続させようとしてもなかなか
うまくいかないものである.科学館と大学が違うからだ,と言ってしまえばその通りであ
るが,それに関して井尻正二が言及しているので,内容を要約しておこう.
 井尻正二(1913−19**)は国立科学博物館に勤務した後,大学で研究と教育に従事した古生物学者であった.彼は1949年,「古生物学論」を発表し,その中で「博物館的研究と大学的研究」について言及した.その内容は基本的に現在でも通用するものと思われる.なお,原文は
 井尻正二,1977,新版科学論(上),国民文庫833a,大月書店
あるいは
 井尻正二,1982,井尻正二選集第1巻,大月書店
に再録されているので,興味のある方はご参照願いたい.
 井尻はまず「博物館的研究」について,

『方法論的には必ずしも指導的ではないが,既に少なくとも仮説にまで命題化された法則・或は学界から公認され,定立された法則に基いて,多数の材料(標本)を具体的に,確実に検索し,よってもって,さきの仮説を法則化し,或は,さきの法則を更に普遍化し,客観化し,或は,仮説や法則の不備を補いつつこれらを技術化し,体系化する,といった研究方法にある』とし,『博物館的研究においては,方法は既知・既存のものであり,研究が演繹的であり,量的であり,技術的である点が特色』

であると言う.
 これに対し「大学的研究」は

『その研究方法が常に学界を指導して,絶えず新しい考え方,新しいものの見方を行い,方法論的にみて指導者ないしは開拓者の位置』にあって,『方法論的に,常に,新鮮であり,帰納的であり,質的であり,総じて創造的である』

としている.
 そして,『博物館的研究は,考え方よりは,むしろ,物に依存し,大学的研究は,物よ
りも,むしろ,考え方を主体にするという特質を見出すことができる』とまとめている.
博物館ではこのように物に依存した研究法をとっているために標本が集るのであり(もちろん博物館が資料収集を積極的に行う機関であることを否定しているわけではない.念のため),大学と博物館では研究法がまったく異なるのであって,『博物館は大学の研究を助ける機関だ』というような上下関係はないと言うのである.
 また,わが国の近代科学の担い手として明治になって出現したのが大学だったため各種資料は大学に集積している.したがって,大学に博物館を作った方が得策だとも言っている.現在,東京大学,京都大学,東北大学など,古い歴史を持つ旧帝大に続々と博物館が付設されるようになっており,井尻の発言から50年にして彼の主張が実現化してきていることは興味深い.



36 成果と評価 

評価
業務としての位置づけ
大学の例 - 昇格との関係、身分保証
米国式テニュアーとインターン制
評価に対する対価 ― 昇格、昇給、研究費

 調査研究の結果や効果はその場で明快にわかる場合が少なく,展示や普及教育にどのように寄与するかをただちに示すことは難しい.そのため,上記の経営者のような発言になるのであろうが,科学館や博物館における調査研究は資料に関する学術的研究にとどまらず,実に広範な分野を含むものであり,調査研究なしに展示や普及教育を展開するのはおよそ不可能である.「うちでは展示はみんな業者に作ってもらいますから」という場合,館では調査研究は不要かも知れないが,その分業者が肩代りしているわけである.展示品の維持管理では調査研究は管理業務と直結している.これは科学館に特有のことかも知れないが,毎日必要とされる補修や修繕には新しい工夫が必要とされるという点で,調査研究の連続である.調査研究を狭くとらえればそんなものは調査研究ではないと言われるかも知れないが,博物館法でも技術的研究を明示しているように資料の学術的研究だけが調査研究ではないのであり,広くお考えいただきたいと思う.そして,「うちでは調査研究などはやっておりません」などと堂々と発言されないように願いたいものである.
 

このあたりの事情はU章でも触れられているので多くは言及しないが,以下,

(未完)