第9回 天体スペクトル研究会 2004.3.6〜7 於:美星天文台

   美星天文台 分光器の改良 〜 最近 3年間 〜

                     川端哲也(美星天文台)

1.イントロダクション

 美星天文台の分光器は1996年から本格運用が開始され今日も稼働しています。この分光器は、毎週末の公募観測(プロポーザル制で101cm望遠鏡の一晩貸し出す、応募するには操作資格を取得することが必要)の際に天文ファンが自由に利用できるほか、天文台職員が突発天体や変動天体の観測を中心に使用されてきました。公募観測の3割〜4割が分光観測の希望で、分光器は人気の観測装置となっています。また、公募観測に関連して、分光観測の入門講座やIRAFのインストール講習会、IRAFによる分光データの解析実習なども開催しました。教育普及の取り組みとしては、高校生を対象としたサマースクール「星の学校」で、恒星や銀河を分光して恒星の分類や銀河の赤方偏移の測定にチャレンジしたり、JAHOU (Japan Association for Hands On Universe) のスペクトル・カリキュラムへの分光データの提供や、スペクトル・カリキュラム・ワークショップ(木村かおるさんの発表を参照)を開催したりしました。
 美星天文台の分光器は、公開天文台で稼働しているオープンな観測装置として、広く一般に分光観測の普及や自然科学としての天文学の普及に一役かってきました。ここで、この分光器のスペックを表1に示します。分解能R(λ/Δλ)〜1000の低分散とR〜10000の中分散の観測モードを2つのカメラと2つのグレイティングの組み合わせにより実現しています。主に窒素冷却式CCDカメラ付けて使用していますが、突発的天体の場合は、窒素を注文している暇が無いので電子冷却式CCDカメラを使用することもあります。

表1 美星天文台 分光器のスペック

低分散
中分散
R〜1000(166Å/mm)   波長幅 〜4000Å@AstroCam
R〜10000(13Å/mm)   波長幅 〜300Å@AstroCam
スリット
コリメーター
カメラレンズ
グレイティング
CCD
   
60μm(=1arcsec), 90μm, 120μm, 150μm, 300μm(ガラス)
f=805mm (逆ニュートン式、球面鏡)
f=200mm, 400mm (Canon ED 35mm用 カメラレンズ)
300gr/mm, 600gr/mm, 1800gr/mm
AstroCam, EEV CCD15-11/UV, 27μm (1024×256) 窒素冷却
武藤CV-16IIE, KAF1602E, 9μm (1536×1024) 電子冷却
限界等級(目安)
166Å/mm : 10mag @ 10min S/N〜100
13Å/mm : 8mag @ 10min S/N〜80

表2 学術的成果

IAUC IBVS Proceedings Refried papers
 Supernova   19
 Nova       9
 Comet      2
    2   Main    2
 Sub     2
 Main    2
 Sub    5

 表2にこの分光器によってあげられた学術的な成果を示します。マシンタイムに束縛されない機動性を生かした綾仁一哉台長らによる超新星のタイプ判別や新星の確認観測による速報が目立ちます。表2中に示したMainとは、この分光器のデータがおもに論文の結論を導いている場合で、査読付きのMain論文はぐんま天文台の河北秀世氏らによるものです。Subは、CCD測光やX線衛星などの観測結果を補助する形で貢献している論文です。美星天文台の分光器は、2004年で運用8年目に突入しますが、まだまだオリジナルの研究成果が少ないと言わざるをえません。今後、着実にオリジナルな観測成果を上げていきたいと思います。


2.最近,3年間 (2001年〜2003年) の分光器のおもな改良

 美星天文台は2003年7月で10周年を迎えましたが、10年の間に望遠鏡については、およそ改良できる部分は改良を済ませ性能を高めてきました。最近3年間は、分光器の不具合があった部分を主に改良しましたので、その内容を報告します。

2.1 コリメーター筒内の側面テープのはがれ落ち(2001.3)作業:川端
 観測の最後にフラットを取得する際、CCD画像の異常に気付き、後に調べた結果、コリメーター鏡を支える筒の内面に貼られたパルスモーターやフォトセンサーの配線を止めるテープが、湿気により剥がれ落ち光路を遮っていたことが判明しました。そこで、コリメーター筒を外し、新しい植毛紙付きテープで止め直しました。

2.2 CCDカメラのシャッタートラブル (2001.8) 川端
 窒素冷却式CCDカメラ(AstroCam)のシャッターが開かなくなりました。シャッターを起動する時にCCDコントローラーから供給される電流が不足していることが分かり、低電流でもシャッターの開閉できるような回路を自作しました。

2.3 フォト・インターラプターの破損と修理(2003.10.28)川端&乗本
 分光器内部の光路切替などの稼働部には必ず、リミットスイッチの役目を果たすフォト・インターラプターがついています。2003年10月18日の公募観測の時に、分光器が制御できないトラブルが発生し、後にフォト・インターラプターが故障したためであることが分かりました。故障したフォト・インターラプターが、望遠鏡から分光器を取り外さなければ交換できない箇所だったため、乗本祐慈氏(矢掛在住/元岡山天体物理観測所)と協力して、望遠鏡のベントカセグレン焦点から分光器を外し、フォト・インターラプターを交換しました。

2.4 コリメータ移動範囲の拡大,コリメーター筒サポートの追加 (2003.4.30) 神和光器&川端
 分光器には、低分散用と中分散用に焦点距離が異なる2つのカメラがあり、各焦点での光学系の違いや夏冬の気温差によるフォーカス位置のズレを、コリメーター鏡を前後させることで調整していました。これまでコリメーター鏡の調整シロが少なかった為に全波長域で十分にフォーカス調整することができませでした。カメラレンズに35mm写真用レンズを流用しているため設定波長が変わるとフォーカス位置が大きく動きます。そこで、コリメーター鏡の焦点距離を800mmから805mへと延ばし、メカ的に下駄をはかせて可動範囲を広げました。
 また、これまで低分散分光観測では、観測開始から終了までの間に望遠鏡の向きが変わると、スペクトルがCCD上で10ピクセル以上移動することが確認されていました。低分散分光では、観測の最後にフラット画像を取り、それ以前の天体フレームに全て適用するため、観測中にスペクトルの移動があってはなりません。この原因の一つにコリメーター筒のタワミを疑い四方に三角形のサポートを追加しました。

2.5 低分散グレイティングガタ止め (2003.9.9) 神和光器&川端
 コリメーター筒サポートの追加(2.4)では、結果的にスペクトルの移動が改善されなかった為、観測波長を選択する際にグレイティングの角度を調整するウォームホイールとギアの遊びが原因であると考え、右の写真のようにウォームホイールをバネで一方に常に引っ張るような仕組みを追加しました。その結果、観測中のスペクトルの移動は1ピクセル以内におさまることが確認されました。

2.6 分光器コントローラーの更新 (2002.10-2003.5) イープル&川端
 分光器の内部には、パルスモーターが7個、直流モーターが4個、エンコーダーが4個、スイッチが36個あり、これらを制御しているのが分光器コントローラーです。このコントローラーが2001年末に故障し、その後も不具合が頻発するため、2002年10月にアーキテクチャーを一新させた新しいコントローラーを外注しました。制御部分のみを更新したので、実際に分光器に取り付けてからの電子回路のデバッグにはとても苦労しました。新しいコントローラーは、CPUボードをPCIバスのバックプレーンに刺したDOS/Vパソコンとなっており、PCIバスに刺されたモーターコントロールボード、DIOボードを介して専用の電子回路により分光器を制御しています。

2.7 分光器コントローラー制御ソフトの開発 (2003.10-2004.1) 川端
 コントローラーの更新にともない制御ソフトを新しく開発しました。コントローラーはDOS/VパソコンでOSはWindows2000です。モーターコントロールボード(Melec社製)とDIOボード(Interface社製)のメーカーから提供されているAPIライブラリーを利用してVisual Basic Ver.6で、分光器の制御ソフトを開発しました。一目で分光器の状態が分かるようにGUI表示に工夫を凝らしています。分光器コントロールラーは望遠鏡のそばにありますが、ディスプレイ・キーボード・マウスを延長器で制御室まで30mほど伸ばして、部屋の中から使用しています。

   
2.1 コリメータ筒を覗いた写真、
   奥にあるのがコリメータ鏡
2.2.外付けしたシャッタードライブ回路 2.3 下が分光器
2.4 分光器から取り外されたコリメーター筒 2.5 グレイティング角度調整部分





2.6 新分光器コントローラーのブロック図


2.7. 新しい分光器制御ソフト


3.まとめと今後

 今後は、中分散グレイティングについてもガタがあるので、それを改良することと、興味のある天体について、この分光器を用いた観測から結果の出そうな問題を探して着実に成果を上げてゆくことが必要ではないかと考えています。
 美星天文台の分光器について、詳しくはホームページをご覧下さい。

(参考Web)
美星天文台 分光器  http://www.town.bisei.okayama.jp/bao/koubo/kiki/bunkouki.html
美星天文台 公募観測  http://www.town.bisei.okayama.jp/bao/koubo/
JAHOU ホームページ  http://jahou.riken.go.jp/
JAHOU スペクトル・カリキュラム http://jahou.riken.go.jp/wg/SpCurWG/