金属過剰星HR7373の化学組成解析
大久保 美智子(京都大学大学院 理学研究科 宇宙物理学教室)
アブストラクト
現在、世界中で恒星の化学組成解析が行なわれているが、質の高いデータを用いて、いかに、より精密な解析を行なうかが重要になっている。現在日本ではHIDESをもちいて惑星を持つ星の化学組成解析を行なうためのプロジェクトがおこなわれている。惑星を持つ星には金属量の多い星が統計的に多いということがいわれている。金属が多いことと惑星の存在に関係があるのか。私はHIDESのデータを用いて金属過剰星の候補の一つである、HR7373の27元素の化学組成を詳しく調べた。結果としてHR7373は太陽より金属量が2倍以上多い金属過剰星であることを確認され、その他の元素量も多いことがわかった。
1.太陽より金属量が多い星
我々は星のスペクトルを取得してその星の表面化学組成を調べることができる。岡山天体物理観測所の高分散分光器HIDES(HIgh
Dispersion Echelle Spectrograph)は、比較的明るい恒星を対象にして、惑星を持つ恒星の探査や化学組成解析が行なわれており、精度をとことんまで追及するような精密な研究に力を発揮している。
宇宙ができたころの物質の化学組成は主に軽い元素である水素やヘリウムで占められており、その後、銀河中での星形成や超新星爆発などが起こり、重い元素が増えていったと考えられる。つまり古い時代に生まれた星ほど金属量が少なく、新しい若い星ほど金属量が多くなっている。ここで金属とは水素とヘリウム以外の元素のことを指す。銀河進化の関係においては恒星の化学組成解析は、金属欠乏星の研究が主流であった。なぜなら銀河系がどのように進化し、その過程で星間物質の化学組成がどのように変わってきたかを調べることに重きがおかれてきたからである1)。
最近生まれた若い星ほど金属量が多いとはいえ、銀河の化学進化を考える上で太陽より2倍以上金属量が多い星の存在の説明ができない。なぜなら星が生まれ変わり、超新星爆発が起こり、その結果時間とともに金属量が増えても、現在の銀河進化モデルでは金属量が増える割合はだんだん頭打ちになる。ところが、太陽近傍には金属量が特に多い星が存在する。そのような星は金属過剰星[SMR(Super
Metal Rich)stars]と呼ばれる。かつてヒアデス星団(年齢が約6億年と比較的若く、最近の銀河ガスの金属量を代表していると考えられてた)の金属量が+0.2dexであるという結果が報告されていた(最近では+0.1dexとなっている)こと、また巨星では金属量が0.2dexを超える星がほとんどないことから、金属過剰は太陽より鉄の量が約1.5倍多いこと、つまり、[Fe/H]>0.2dexであるということが定義となった。
金属過剰星の議論のはじまりは1969年にSpinradとTaylorがしし座μ星(K型巨星)は金属量が特に多い星であることを示唆したことからである2)。このときは分解能の低いデータで議論されていたが、その後、高分散データを用いた解析報告が次々発表された。しかし、この星でまだ金属過剰星であるかどうかの決着はついていない。
一方、最近になって惑星をもつ星が多数発見されるに伴い、その親星の金属量が太陽に比べて0.2dex以上多いものがたくさんあることがはっきりしてた。Taylorによって文献に挙げられた金属過剰星の候補はたかだか6−7個であるのに、その候補の星のうち半分は惑星を持つ星が含まれる3) 。たとえば、惑星を持つHD38529はTaylorの金属過剰星の候補であり、実際に私たちがHIDESで観測し解析したところ、確かに金属過剰星であることがわかった4)。
2.惑星を持つ星と金属過剰星
最初に惑星が発見された51Peg、同様に惑星が見つかっている、55Cnc、14Herなどは金属過剰星の候補としてあげられていた。その後の研究の結果、惑星を持つ星の金属過剰星の出現頻度はそのうち約40パーセントにのぼることがわかっている。一方、太陽近傍の( 惑星を持たない普通の)星の中での金属過剰星の出現頻度は1%に満たないということがいわれてる。ですから金属量が多い原因は惑星を持つことと何か関係しているのではないかということが考えられる。
今回私は金属過剰星の候補であるHR7373の詳細な元素組成解析を行なった。HR7373では現在のところ惑星が見つかっていない。惑星が発見されていない金属過剰星の化学組成解析をすることで、金属過剰星と惑星を持つ星の関係を見出したいと思い、そのはじめの一歩としてHR7373に注目してみた。
3.金属量が多いにもかかわらず古い星HR7373
HR7373のは我々のかなり近くの48光年の距離にあるスペクトル型はG8IVで太陽と似た星である。金属過剰星の候補として以前から知られている。この星のパラメータを決定した。図1は金属量が太陽の2倍を仮定した色々な質量をもつ星の進化のトラックの上に、HR7373(
[Fe/H]=+0.35:後述)の観測データをのせたものである。この図からHR7373の質量は太陽とほぼ同じということがわかる。一方、図2の等年齢線との比較から年齢が約70-90億年の間であることがわかり、少なくとも太陽(
約45億年)よりはずっと年齢が古いことがわかる。最初に述べたように銀河の化学進化から若い星ほど金属量が多いことがいえる。しかしHR7373は太陽より年齢が古いにもかかわらず、金属過剰星の候補となっている。なぜHR7373は金属量が多いのであろうか?惑星が見つかっていない星で金属量が過剰の傾向を示す星の化学組成は惑星を持つ星の化学組成のパターンと似ているのであろうか。惑星が見つかっていない星と惑星を持つ星との化学組成の比較をすることは化学組成の面から惑星形成を考えるうえで重要である。また金属過剰星の存在が惑星を持つことに関係があるのか、またその起源は別にあるのか、銀河の化学進化を考える上でも重要である。
私はHIDESを用いてわし座31星のスペクトルデータ(4000−8800Aの波長域で、波長分解能65,000、S/N比は200−300)を取得し、化学組成を詳しく解析した。鉄のスペクトル線から大気パラメータを決めたところ、温度は5400+/-50K、表面重力加速度(cgs)は対数で4.32+/-0.15、鉄の金属量は[Fe/H]=+0.35+/-0.05dexという結果を得て、太陽より2倍以上鉄の量が多いということがわかった。金属過剰星であることは明らかである。HR7373のように太陽よりはるかに古い時代にできたのに太陽より2倍も鉄の量が多いということは普通の銀河系の化学進化ではとても説明することができない。他の元素も太陽と比較して約2倍以上多いということがわかった。
まず一つの作業仮説として「金属過剰星=惑星を持つ星」と考える立場をとってみる。原因説にせよ結果説にせよ金属過剰は惑星を持つということに密接に関連する現象なのだとする考え方である。ひとつの可能性はこの星には、かつて微惑星や惑星が存在し、これらが恒星表面に落下して表面だけ太陽より金属量が多くなったのかもしれない。HR7373は今のところ惑星の存在を示す視線速度の周期的な変化は確認できなかったが、だからといって惑星がないとも限らない。惑星の軌道面が観測者からの視線に対して直交していたら、視線速度の変化は検出できないからである。さらに想像をふくらませると、HR7373は昔どこかで別の星との近接遭遇を経験したことがあり、そのときに惑星が吹き飛ばされて失われてしまったのかもしれない。凝縮温度に対して揮発性元素と難揮発性元素の金属量の違いを調べてみた。もし、揮発性元素が難揮発性元素より少ない場合、水素が欠乏したような難揮発性の物質が恒星表面に落ちて、見かけ上多くなったということが考えられる。図3に結果を示す。HR7373の元素量にはばらつきがあり、凝縮温度が高くなるにつれて元素量([X/H])が増加するという傾向は見られなかった。
次に、HR7373の金属過剰の特徴は惑星とはまったく無関係の現象であるという立場に立って考えてみる。HR7373は運動学的に見て、銀河中心から高速で外に向かって動いていることがわかる。単に銀河中心付近の金属量の多い星間物質からこの星が生まれたという可能性もある。超新星爆発の影響を受けて超新星爆発で作られる特定の元素量が多いかもしれない。それを調べるために図4に元素番号に対して元素量をプロットした。これもばらつきが大きく、これといった明らかな特徴は見られない。
今回のHR7373の解析結果からは惑星との関係や金属過剰星の起源をすっきりとは解明できなかったが、もっと多くの金属過剰星の化学組成解析を行い、金属過剰星の起源や惑星を持つことと関係があるのかどうかについて、研究を進める必要がある。
参考文献
1)
比田井昌英,2003,天文月報96巻,315
2)
Spinrad,H., Taylor,B.J.,1969,ApJ,157,1279
3)
Taylor,B.J.,2002,MNRS,2002,329,839
4)
Sadakane,K., et al.,2001,PASJ,53,315