200436日 スペクトル研究会 

 

ついに出た究極のデータ

ESO-UVES公開スペクトルデータ紹介

 

                    定金晃三(大阪教育大)


1.はじめに

 

最近世界各地の天文台から天体スペクトルデータの公開が行われている。その最も大規模な例は、Sloan Digital Sky Survey (通称SDSS)から出された総数18万個以上の銀河やQSOの低分散スペクトルのデジタルデータであろう。

一方、各種の恒星の高分散可視スペクトルの公開もラッシュのような状態になっている。その中で筆者にとって最も衝撃的であったのは、昨年末にESOEuropean Southern Observatory)から公開された大量のデータであった。

このデータは質、量共に他の公開データを圧倒しており、今後の恒星物理学の研究では基本データとしての地位を獲得すると思われる。


2.ESO-UVESとは

 

ESOは南米チリにいくつかの天文台を持つが、口径8.2Mの光学望遠鏡(VLT:Very Large Telescope4台が束になっているパラナル天文台は最近いくつもの重要な発見をなしとげ、ハワイ島のマウナケア山頂の望遠鏡群と共に世界の天文学の最前線になっている。

分光器UVESUltra-Violet Echelle Spectrgraph)は VLT2号機のナスミス台に設置された大型装置で、その名の示すように青−紫外波長域の観測に最適化されている。この分光器はスリットから入射した光を赤と青の2経路に分け、2系統の分光系を使って赤と青両方の観測を同時にやるという贅沢な仕様になっている。この分光器からはすでにいくつもの重要な結果が出ているが、最近の成果としては金属量([Fe/H])が太陽の20万分の一というとんでもない星(HE 0107-5240)を発見している。


3.UVES公開データとは

 

VLTのような大型望遠鏡では、薄明時にはフラットデータを取るなどの較正観測が行われる。UVESサイエンスチームは、この薄明時間を利用して明るい(実視等級<7.5 等)星のスペクトルを取得するプロジェクトを数年かけて行った。昨年末におよそ280個の星のデータが一気に公開された(ESO Messenger No. 114.

公開されたデータはfits または ascii ファイルの形でインターネット経由で容易に取得できる(http://www.sc.eso.org/santiago/uvespop/)。

 

今回公開されたデータの特徴をまとめると以下のようになる。

 

1 波長範囲 3070 A から10400 Aまでを含み、他に例を見ない。特に紫外線波長の

データは極めて貴重である。


2. 波長分解能は約80000SN比も良い場合には800を越え、最低でも200以上あって質的に優れている。

 

3. HR図のほとんどの領域をカバーしている。具体的には、O型からM型星まで、

また、主系列星から超巨星までを含む。さらに、特殊な星(Of 星、WR星、Be

星、Ap,Am星、金属欠乏星、炭素星など)を網羅していて壮観である。

 

4.南天の散開星団2個(IC 2391, NGC 6475)の星各数十個がまとめて観測されて

いる。

 

5.さらに、南天の非常に明るい星(シリウス、ベデルギウス、カノープス等)が入っ

ている。

 

6.データの簡易なチェックが出来るようなユーザーインターフェースが用意されて

おり、これが非常に使いやすい。


4.まとめ

 

1.天文学の基本データを提供しようとするESOの見識は敬服に値する。

 

2.今回公開されたデータは宝の山に見える。

 

3.紫外線波長域のデータからは重要な研究が出来ると思われる。

 

4.世界中の競争になるので、うっかりしていると先を越されるであろう。

 

5.       付録

 

他の天文台から2004年になって出された公開スペクトルの情報を紹介しておく。

 

1.     Library of flux-calibrated ecchelle spectra of southern late-type dwarfs with different activity levels. Cincunegui and Mauas, 2004, AA, 414, 699.

2.     The Indo-U.S. Library of Coude Feed Stellar Spectra, Valdes et al. 2004, astro-ph/0402435

3.     S4N: A Spectroscopic Survey of Stars in the Solar Neighborhood: The Nearest 15 pc ,Allende Prieto et al. astro-ph/0403108

  4. 竹田洋一氏を代表とするグループが岡山観測所HIDESで観測したF-G型星の

高分散スペクトルデータが間もなく公開される予定。

 

 

 

 

1 VLT2号機。2つのナスミス台に配置された装置の概念図。UVESは向かって

   右の台上にある。

 

 

 

2 UVES公開データの一例。B3型星 HD 120709 (3 Cen A)のデータの

   全体を示す。2ヶ所に欠落部分がある他は紫外から近赤外まで連続して

   いる。

 

図3 HD 120709の紫外線波長域データ(図2の拡大)。下の図はSN比のデータ。

   左端近くなると波打っているが、これはエシェルの各オーダーの較正が不十分

なことを示す。この辺りのデータの扱いには注意が必要。