大阪市立科学館研究報告2,  (1992)

都 市 光 下 で の 天 体 観 察 ( T ) 
− 太陽黒点の明るさ −

加藤 賢一
大阪市立科学館理工課

概 要

 天体観察に不向きな都市部における観察法の工夫を試みる本シリ−ズの最初の報告である。ここでは都市光に影響されにくい対象である太陽をとりあげ、黒点の撮影を行ない、その黒みを測定する。その結果、黒点暗部は隣接する光球の6%の明るさを持ち、それは黒点モデルから計算される値とよく合っていることを示す。

1.はじめに
 東京・大阪をはじめとする大都市では強い夜間の照明が夜空を照らし、肉眼で2等星を認めるのが限界といった状況で、天体観察には最も悪い環境下にあると言わなければならない。環境庁が行なってきた星空調査の結果でもそのことは裏づけられている。人間活動に必要な夜間照明を確保しつつも、きれいな星空を守っていこうという二つの相反する要求は、大きくは地球環境保全の問題の一つとしても追求されるようになってきた。たとえば、岡山県美星町が主催する「星空サミット」はそのような活動の表われと見ることができる。このような真摯な追求を一方で行ないながら、一方では多くの人々が大都市、あるいはその周辺で生活している現実から、悪条件下にあってもできる天体観察法の工夫も大事な課題となっている。
 大阪市立科学館は市街地の中心部に位置し、これ以上悪い条件で天体観察を行なうことは極めて稀なことと思われる。そこで上記のような問題意識から、このような環境下でどの程度天体観察が可能なものか、追求してみることにした。その結果が本稿以下に発表する予定の一連の報告である。
 夜間観測が困難であれば、まず昼間にできる対象を探すべきである。それらは太陽、月、惑星、明るいいくつかの恒星などであるが、ここでは一例としてまず太陽をとりあげ、黒点の“黒み”を調べた結果を報告する。

2.真っ黒な太陽黒点
 太陽黒点を肉眼で見ると、名称のとおり黒く感じる。特に大黒点の中心の暗部は漆黒と表現できるほどに暗く見える。黒点の半暗部や暗部が明瞭に区別できるのはそれぞれ明るさに明確な段差があることを示している。
 ところで、太陽表面の温度は6000K、暗部は4400Kとされている(理科年表1992年版)。これに黒体放射に関するステファン・ボルツマンの法則を適用すると、

       IS/IP = (4400/6000)4 = 0.29

となる。IS は黒点からの放射強度、IP は光球のそれである。すなわち、黒点は光球の30%ほどの光量を放っており、「黒点は極めて明るい」ということになる。しかし、これはわれわれの日常的な体験とは矛盾している。とてもそれほど明るくは感じないからである。では一体、太陽黒点はどれだけ暗いのであろうか?
 わが国で太陽黒点の“黒み”を観測した例として Makita and Morimoto (1960) の研究がある。彼等は旧東京天文台の太陽分光装置を用いて3つの波長帯で狭帯域の分光測光を行なった。大気や装置によるシンチレ−ションを避けるため高速度で光量測定を行うことにし、受光装置に光電管を用いた。そして1958年5月27日から1959年2月27日までの間に55回の測定デ−タを得、半暗部と暗部について光球との強度比(=IS/IP )としてそれぞれ 0.6 〜 0.9、0.04 〜 0.36 という値を導いた。大きな暗部の平均値は0.1程度で、波長が長いほど大きくなるという黒みの波長依存性を確認している。また半暗部と暗部の代表的な温度として5500、4100Kを提案している。
 平山(1981)によると黒点暗部の明るさは波長に強く依存し、5000A付近では強度比は 0.1程度になるという。また光学系や空による散乱光やシ−イングのため光球の光が暗部に入り込むので、観測的には0.1というような小さな値は簡単にはでてこないとのことである。
 Stix(1989)は、5790Aで暗部/光球の強度比は 0.031〜0.079、平均 0.058 という研究例を紹介している。
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             写真1 = 黒点の写真
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           写真1.右側の上の黒点を対象とした。1992年1月28日

 このように、これまでの観測によると可視域においてはIS/IP 〜 0.1 という値がほぼ平均的なところと言えよう。上と同じようにこれにステファン・ボルツマンの法則を適用すると、6000Kの光球に対し3400Kとなり、もしIS/IP = 0.03 という小さな値をとると2500Kとなるので、通常言われている黒点の温度4400Kという値には注意を払う必要がありそうだ。いずれにしろ、黒点がそんなに明るいとはにわかに信じられないのであるが、光球の10%程度の光を放っているというのがこれまでの測定結果である。

3.写真撮影とその結果
 黒点の黒みを観測するために、黒点の写真撮影を行なった。5回の撮影を試みたが、前4回は露出やウエッジ焼き込みに失敗して適切なサンプルを得ることができなかった。また相当大きな黒点でないとシンチレ−ションの影響を受けやすいと思われたので、大きな黒点が出現するのを待っていたため機会に恵まれず、撮影に1年を要した。ここで使用するのは1992年1月28日に撮影した写真である。当日の太陽面のようすを写真1に載せた。写真右側に上下に並んだ大きな黒点のうち、上の方のより大きな黒点を対象とした。
 フィルムは簡単に入手でき、かつ広いラチチュ−ドを持っている軟調タイプということから富士写真フィルムのネオパンSSを採用し、科学館の50cm反射鏡に同架した10cm屈折望遠鏡(加藤他、1991)を5cmに絞った上に2枚のNDフィルタ−で減光し、アイピ−スを用いた間接拡大撮影を行なった。色フィルタ−は使用しなかった。最後に階段式光学ウエッジを天空に向けて撮影した。撮影時は上空にうす雲がかかり、風も吹いて太陽像は小刻みに震えていた。光学系も決してクリ−ンとは言えず、光球の光が暗部にかなり入り込むことが予想された。
 写真濃度とウエッジの黒みの測定は島津製作所製の単光路式マイクロホトメ−タ802型で行なった。ウエッジそのものと撮影されたフィルム上のウエッジ像の濃度を比較して特性曲線を作成し、測定された黒点濃度から相対強度を求めた。その結果を図1に示す。ウエッジ、フィルム上のウエッジ像、黒点像の3者の測定値が調和しないと強度比はうまく決まらないので、撮影した中から適当な濃度の2コマの黒点像を選び、測定した。
 その結果はIS/IP = 0.058 および 0.062、すなわち平均 6.0%となった。ここでは色フィルタ−を使用していないので直接の比較はできないが、Stix(1989)の示した値とほぼ一致し、Makita and Morimoto (1960) の下限の方に近い。当日の観測条件から見ると実際はもっと暗かったはずである。

4.黒点モデルを用いた放射比強度の計算
 ここで得られた6%という黒点の黒さからは4400度の黒点をイメ−ジすることはむずかしい。ステファン・ボルツマンの法則を適応すれば、6%というのは6000Kの光球に対し3000Kにしかならないのである。しかし、通常言われている暗部の温度4400Kにもそれなりの合理性があるはずで、少なくとも黒点の黒みと温度をステファン・ボルツマンの法則で結びつけるのは適切でなく、もう少し厳密な取り扱いを要するようである。



        図1.黒点の明るさ。縦軸が強度で、目盛りは対数間隔
 
 先に何の前提もなしにステファン・ボルツマンの法則を用いて、単純に温度比の4乗で黒点の明るさに言及したが、実はそこでは光球も黒点も一枚の薄い層であることを暗黙の了解事項としてきた。ところが実際の光球や黒点はそうではない。双方とも物質密度は小さく、かつ希薄であって、相当の厚みを持った大気層である。そのような環境のもとでは温度やその他の物理量は決して一定ではないし、放射の状況も一枚の薄い層の場合とは異なるはずである。そして結果的に“温度が高い割には放射は弱い”という状況が現出している、と期待される。そこで、より実態に近い厚みのある太陽大気モデルを考え、そのモデル大気層中での光の伝達を解いてIS/IP の理論的な値を探ることにする。
 局所的熱力学平衡(LTE)を仮定すると太陽表面から放たれる放射の比強度Iは

                 ∞
         I(0,μ,ν)=  B (t) exp(-t/μ)dt/μ       (1)
                 0

である(たとえばギブソン、1978;小平、1982)。ここでB は黒体放射のプランク関数、μは方向余弦(図2)、νは振動数である。この式を光球と黒点の両者について解いて比較すれば強度比が求められる。
 しかし残念ながら、これを解析的に解くことはできないので、モデル大気を与えて数値的に求めることにする。モデル大気として光球については Holweger and Muller(1974) を、黒点についてはKjeldseth Moeand Maltby (1974) のBモデル(暗部のモデル)を採用した。なお光球モデルでは光学的深さが1(5000Aにおける)における温度は6600度、Kjeldseth Moe and Maltby(1974) モデルでは4000度となっている。

図2.方向余弦μの定義

 上記の式を解くには大気の電離構造や吸収係数を計算しなければならないが、その際、大気の構成元素としては水素、ヘリウム、炭素、酸素、ナトリウム、マグネシウム、アルミニウム、ケイ素、イオウ、鉄の10元素だけを仮定し、吸収源としては中性水素原子、水素負イオン、水素分子イオン、炭素、ケイ素、マグネシウムを、散乱源として中性水素原子、水素分子、電子を考慮した。なお、電離度の計算については Mihalas (1967)、吸収係数については Carbon and Gingerich (1969)を参考にした。
 計算結果を図3と4に示す。
 図3はμ=1、すなわち太陽円盤像の中心における光球と黒点の放射量(対数表示した)分布(連続スペクトル)である。これが理論的なIS とIP に他ならない。大気構造の違いが両者の形の違いとなって現われている。
 図4はその比で、黒みIS/IP そのものである。μ=1と0.2の場合を掲げた。μ=0.2というとかなり縁に近いところであるが、おもしろいことにμ=1の場合よりも値が大きい。つまり、同じ黒点でも縁にある時より中心部にある時の方がより暗いというわけである(大きな違いではないが)。周辺減光効果の程度が光球と黒点で違っているからである。

5.観測との比較
 理論的な黒みと観測結果を照合するとまったく矛盾のないことが分かる。可視域(4000A〜6000A)における理論値は5〜 12%であり、今回の観測値や他の観測例ともよく合っている。
 しかし、合っているというのは実は少し困ったことである。今回の観測はうす雲がかかり、光学系の散乱光も決して少くないはずであり、実際の黒点は6%よりももっと暗かったと思われるからである。もちろん黒点によるばらつきがあるから、理論との差異に敏感になる必要はないのかも知れない。このあたりを明確にするには多くのデ−タを集めなければならず、これからの課題である。
 逆に理論値があまりにでき過ぎていると訝るむきもあるかも知れないが、実はそれは当然のことである。なぜなら、黒点モデルは観測された黒点の明るさをうまく再現するように経験的に決められたものだからである。したがって、明るさが説明できることだけでは採用したモデ ルが本当に妥当なものかどうかは分からない。それを判断するには、モデルが予言する他の材


      図3.太陽円盤像の中心における(μ=1)光球と黒点の放射量分布



        図4.光球に対する黒点の明るさ(μ=0.2と1の場合)

料を観測と比較しなければならない。たとえば、図4に見るように赤外部では可視光部とμ依存性が逆転しているが、これなども判断資料となるかも知れない。また多色測光が大事であることも図4からうかがえる。
 光学的深さが1における温度はそれぞれのモデル大気について6600度と4000度で、その比の4乗は0.13ほどとなる。これなら観測された黒さにほぼ見合う値であり、黒点暗部の明るさは光球の10%程度というのは極めて妥当なところのようである。

6.最後に
 1992年1月28日に撮影された太陽黒点の明るさは光球部の6%で、黒点モデルから期待される値とよく合っていた。望遠鏡を通して見た黒点はそれほどの明るさとは思えないので、その理由は心理学的に解明されるべきものであろう。これからの課題である。
 太陽の観察は都市でもできるという有利さがある。これをさらに生かすような方法を工夫することが大事である。できるだけ簡便で、分かりやすく、かつ多くの情報が得られ、物理的本質に迫るような題材がよい教材であろうが、写真測光は決して簡便とは言えない。別の方法で容易に測光ができれば、ここで示したような黒点観察もより良い教材になるかも知れない。

 この課題の追究にあたって川上新吾・菊岡秀多両学芸員に文献や撮影装置について支援・協力をいただいた。記して感謝申し上げる。


参考文献

ギブソン、E.G.:1978、現代の太陽像−太陽物理学序説−、桜井邦朋訳、講談社、p.124
加藤賢一・菊岡秀多・川上新吾・黒田武彦:1991、大阪市立科学館研究報告 1、44
小平桂一:1982、恒星と銀河、産業図書、p.45
平山 淳:1981、現代天文学講座5.太陽、平山淳編、恒星社、p.99
理科年表:1992、天文部、国立天文台編、丸善、p.108
Carbon, D. F., and Gingerich, O.:1969, in Theory and Observation of Normal Stellar Atmosphere, Proc. third Harvard-Smithsonian conference on stellar atmospheres, ed. O. Gingerich, MIT Press, p.377
Holweger, H., and Muller, E. A:1974, Solar Phys. 39, 19
Kjeldseth Moe, O., and Maltby, P.:1974, Solar Phys. 36, 109
Makita, M., and Morimoto, M.:1960, Publ. Astron. Soc. Japan 12, 63
Mihalas, D.:1967, in Computational Methods in Astrophyics 7. Astrophysics, ed. B. Alder, S. Fernbach and M. Rotenberg, Academic Press, New York, p.1
Stix, M.:1989, The Sun, An Introduction, Springer-Verlag, p.284


付 録

1.放射の比強度計算のためのプログラム
 4章の(1)式を数値的に解くために作成したプログラム SRFINT.F77 を参考のために掲げる。これに付録2の太陽の光球モデルのデ−タを組み合わせる。黒点暗部の計算には、入力デ−タの関係で若干の修正が必要となる。

2.光球と暗部のモデル
 ここで使用した Holweger and Muller (1974) の光球モデルと Kjeldseth Moe and Maltby (1974) の黒点暗部モデルを示す。

付録1.放射の比強度計算のためのプログラム
 

付録2.光球と暗部のモデル