加藤賢一データセンター

 

IAUシンポNo.118「小望遠鏡による天文学」に学ぶ


THE POSSIBILITIY OF SMALL TELESCOPES AND THE IAU SYMPOSIUM NO.118


加藤 賢一(大阪市立科学館)
Ken-ichi Kato (Science Museum of Osaka)

Abstract : Papers presented at the IAU symposium No.118 in 1985 arefound to be very valuable when we work out a strategy to utilize small telescopes. Based on those papers, we stress the importance of the spectroscopy for researches on active and quiet stars and the possibility is shown for the 101cm telescope of Bisei Astronomical Observatory.

1.IAUシンポ No.118
 "Instrumentation and Research Programmes for Small Telescopes"というタイトルのIAUシンポジウムが1985年に開催された。光検出器としてCCDが小望遠鏡にも用いられるようになって新しい可能性が見え出した時期に開かれたという点で現在に通じる内容を持っており、小望遠鏡の活用を考える際のよい指針となっている。
 そこで、まずここに提出された論文について概観し、恒星分光の重要性を指摘し、美星天文台での可能性、アマ・プロの連携の可能性を考える。

2.小望遠鏡の成果

 最初にワーナー Warner, B. が小望遠鏡によってなされた発見や成果についてまとめている。小望遠鏡しか使用できない人々に希望を与えてくれる論文である。彼は次のような例を並べている:
◆ 星間偏光の発見 − 米海軍天文台の1m鏡
◆ 恒星の円偏光の検出 − 60cm鏡(白色矮星、近接連星)
◆ かに星雲パルサー検出 ー 90cm鏡、60cm鏡
◆ 共に白色矮星という近接連星の発見 ー 90cm鏡、 HZ 29
◆ DB白色矮星の脈動の発見 ー 90鏡、GD 358
◆ 激変星の諸現象 ー 50cm〜1m鏡(矮新星、SU UMa 星)
◆ γ線バースターのフラッシュ ー 50cm(GBS0526-66)
◆ Ap星の短周期振動 ー 50cm鏡(α Cir)
◆ 天王星の輪 ー 46〜104cm鏡(オッカル)
◆ 冥王星の衛星 ー 1m鏡
◆ 恒星の視線速度 ー 60、90cm鏡
その上で大望遠鏡と小望遠鏡の利点を比較し、種々の制約や条件を考慮すると小望遠鏡でも現代天文学をおしすすすめることができることを力説する。

3.望遠鏡の口径別分類
 このシンポジウムで紹介された望遠鏡を口径別に度数分布をとってみたところ、小は7.6pから大は190pまであって、60pと100pに大きなピークが見える。観測目的に応じて口径もいろいろだが、測定機器を付加するにはそれなりの大きさが必要ということであろうか、測光を中心とした60cm、分光もできる100cm前後といったところが分布のピークとなっているようだ。


4.対象別分類
 研究対象別に分けると下の表のようになった。

表1.研究対象別分類
位置天文 位置 1
三角視差 1 1 1
太陽系 日食 1
彗星 1 1 1 1 1 1 1
小天体 1 1
惑星 1
恒星 変光星 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
連星系 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
活動的早期型星 1 1 1 1
等級、色、視線速度  1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1 1
その他 1 1 1 1 1 1 1 1
銀河系 球状星団 1 1 1 1
散開星団 1
グロビュール 1
星間赤化 1
宇宙 赤方偏移 1
クエーサー 1
銀河測光 1 1 1 1

5.観測法と検出装置の相関
 表2は観測法と検出装置の相関で、測光には光電管PMTが多いもののCCDが進出している様子がうかがわれる。分光では光ダイオードReticonが多用されている。

表2.観測法と検出装置の相関
 
       写真 PMT CCD Reticon TV 他
─ 測光 16 7 1 2
分光 1 −− 5 7 1
分光測光 6 1 1
撮像  6 6  1 1


6.観測法と対象の相関
 表3に観測法と対象の相関を示した。恒星関係の測光が多いのは予想どおりである。恒星分光も多いが、これは装置があるというケースがほとんどのようで、実際に使用され成果をあげているかどうかは疑わしい。

表3.観測法と対象の相関

        位置 太陽系 恒星 銀河系 宇宙
 
 測光 3 19 4 4
 分光 1 13 3
  分光測光 3 6
  撮像  3 3 3 1 3

7.その他の特徴
 小望遠鏡が銀河も研究対象にするようになってきたことが大きな特徴であるが、その他、赤外に波長範囲を広げてきたことも挙げられる。ハード面では何と言ってもCCDが本格的に使用されていることで、それに加えて光ファイバー、映像増幅装置II(主にモニター用)がかなり入っている。観測手法ではオート化が一層進んでおり、無人観測所も出現した。これらを可能にしたのは小型コンピュータの発達であり、今や必需品と言える。また、分野によっては写真でなければ困ることがあり(例えば三角視差測定)、そこでは写真の意義は失われていない。
 小口径望遠鏡の活用法として機能を限定し、ある少数の目的に特化することが強調されている。大望遠鏡と違って使用者が限定される小口径望遠鏡では、たとえば測光なら測光だけに機能をしぼることも比較的やさしい。機器の安定性や即席性、メンテの手間などを考えると光検出装置を限定するのが得策というのである。すなわち天文台ごとに特徴を持ち、共同することが重要だということである。

8.分光の重要性と恒星へのアプロ−チ
 表1以下で見たとおり小望遠鏡がもっとも得意とする対象は恒星で、その口径に最適の観測法が(光電)測光であると考えられてきたようである。恒星を次のように動的 active か静的 quiet かで分け、動的な場合はさらに熱的な変動がある場合とない場合に分けてみると、動的で熱的変動があるような恒星を測光法でとらえる試みが多い。ダイナミックな現象ほど観測者の心をくすぐるということもあろうし、測光が比較的小型の装置でできるという手軽さもその背景にあったと見られる。CCD測光なら光電管ほど気象条件に左右されないので、変動天体の測光観測はますます行なわれていくであろう。

静的 通常星、特異星、二重星など → 銀河の進化、構造

熱的変動なし  二重星、班点など → 幾何学
動的
熱的変動あり 拡散大気、近接連星、脈動変光星など
                  → 幾何学、博物学、恒星進化

 ところで、小暮(1993)が強調したように情報量においては測光より分光がまさっており、詳しい議論には分光観測が不可欠である。小暮は動的で熱的変動がある場合を例示して分光法の重要性を指摘したが、それにとどまらず静的な場合にも重要であることを指摘したい。
 測光ではあまり興味ある対象と考えられなかった通常の恒星(静的な場合)でも、定金(1993)が一例を示したように分光レベルでは解かれるべき問題がたくさんある。新しい光検出装置の登場で高分散分光も波長範囲が拡大し、それだけでも課題は増えている。また写真からCCDへと変遷するなかで、S/N比のよいスペクトルが得られるようになってこれまでのスペクトル線解析の再検討も必要になっているように思われる。微小乱流速度の問題、元素の同位体比、磁場の影響、フラックス分布、精密な元素量の決定、視線速度など、恒星大気固有の問題から銀河系の化学進化や構造に関する問題まで多岐にわたっている。IAUシンポでは高分散分光に特化した小望遠鏡として1.2b鏡が2例あがっているだけで、数は少ない。これから考えられてよい観測法であろうと思う。
 また、銀河等の分光はあまり系統的に行なわれていなかっただけに新しい情報が得られることになろう。今や小望遠鏡による銀河分光もターゲットになりつつある。

9.美星天文台、分光器、アマ・プロ共同
 美星天文台は撮像から測光、分光までの装置を備え、汎用的な使用にも対応しようとしている。これが小望遠鏡の戦略として有効かどうか、疑問なしとしないけれども、いずれにしろ本格的な分光器を導入したことは大きな特徴であり、これを有効活用しない手はない。かつて分光は大望遠鏡でなければ難しい観測法であったが、新しい光検出器の出現により状況はずいぶん変った。美星天文台の分光器もその線上にあることは間違いない。高分散分光に適した小望遠鏡は数少ないだけに期待は大きい。筆者もぜひとも静的な恒星の観測に使用させていただきたいと思っている。
 また、これまで分光法にあまり縁がなかった研究者、とくにアマチュア研究者はまったく新しい観測手段を入手したということであり、活動範囲は一挙に広がり、プロとの共通領域も一層拡大することであろう。片平・蓮井(1993)はパソコンでスペクトル線の解析ができるソフトを開発しており、一部は虹星の名称で完成している。これなどもプロ・アマ間にあった研究手段の圧倒的な差が縮まってきたことを示す例の一つである。パソコンの高性能化、通信手段の拡大、余暇の増大、高学歴化等によってプロ・アマの差は文字どおりそれで生活するかどうかの違いでしかなくなっている。これまで観測手段がなかったことが分光法に手を染めるアマがほとんどいなかった原因であろうが、美星天文台はそれを打破る最初の観測所になりうるのではなかろうか。

参考文献
Instrumentation and Research Programmes for Small Telescopes,
Proceedings of the 118th symposium of the IAU, 1986, edited by
J. B. Hearnshaw and P. L. Cottrell, D. Reidel
片平順一・蓮井隆 1993 private communication
小暮智一 1993 本シンポジウム集録
定金晃三 1993 本シンポジウム集録