Auto-Ionization Lines of Ca I

Ca I auto-ionization lines について

Ken-ichi Kato

1.はじめに

 G型星やF型星のスペクトルを扱っていると、異常に広がった(4Å程度) Ca I のスペクトル線に出会うことがある。ただ、数%程度の凹みなので注意しないと気づかないほどだが、高分散で高SN比のスペクトルが取得できるようになり、比較的頻繁に目にするようになった。異様な広がりに驚くことがあるので、備忘録がてらまとめておくことにした。

2.対象は3本

 Kurucz & Bell (1995) のスペクトル線リストには Ca I auto-ionization lines の注釈が下記の3本に付されている:

( )内はそれぞれ lower excitation potential(eV), log gf, g_rad, C4, C6 で、g_radはradiation damping constant, C4は quadratic Stark broadening の係数, C6は van der Waals damping の係数である。C4は、通常、-5から-6位の値が与えられているので、ここでは適正には評価されていないようである。g_rad は通常6〜9だから、11.28は大きい。C6 は-7位だからこれは小さい。

3.スペクトルの例

 Procyon (F5IV-V)、ζTrA (F9V)、Sun (G2V)の3星の例(Allende Prieto et al. (2004) のスペクトル・データベースを用いた)を掲げる。

4.auto-ionization ならびに auto-ionization lines

 上記3本の線は上下2つのエネルギー・レベルの間の bound-bound transion で生じている。

 下のエネルギー・レベルの excitation potential は4.430〜4.451eV である。

 一方、上のレベルは6340A程度の波長λに相当するエネルギー分だけ高い。それを eV に換算すると(1.24×10^(-4)/λ(cm))=1.95(eV) である。すなわち、上のレベルの excitation potential はおよそ 6.4eV となっている。

 ところで、Ca I の電離ポテンシャルは 6.11eV だから、ここで得られた6.4eVはなんとこの電離ポテンシャルより高く、連続部にある! 「ええ? そんなことがあってええの?」と思うのが常識だが、そんなことがあるらしい。もちろん、非常識なわけで、こんなレベルが安定に存在できるわけはなく、周囲にうごめく他の原子や電子の攻撃を受け、そのレベルは結構なエネルギー幅を持っている。そこで、この transition で生じるスペクトル線は幅の広いものになる、ということで、上の現象が説明される。

 このようなプロセスが auto-ionization で、Ca I では観測されていて、Ca I が卓越しているF型星やG型星で顕著に見られる。

5.そもそも.auto-ionizationとは?

 ヘルツベルグ(1964)の「原子スぺクトルと原子構造」のp.170に解説があるのでご覧いただきたい。

 要は電子が1個だけ励起しているのではなく2個、励起しているという。この場合、1個だけの場合とエネルギーレベルが変わる(異常項と呼ぶ)。電離ポテンシャルが 6.11eVというのは電子が1個だけ励起され、他は基底状態にある場合の値であって、この場合、レベルはこれ以下に並んでいる(正常項)のに対し、異常項では 6.11eVの電離ポテンシャルを越えて存在することもできる。そこで、この異常項に遷移が起ると、すでにそこは電離ポテンシャルを越えた電離空間だから、それでそのまま電離してしまう。この場合、余分なエネルギーを加えることなく電離するので、「自動イオン化」auto-ionization である。

6.Ca I の場合

 Kurucz & Bell (1995) のスペクトル線リストには Ca I 線が12,858本登録されている(波長域は1,372A〜999,627A)。
 そのうち上下レベルが6.11eV 以下の線は5,648本で、6.11eV を越えての遷移は7,210本となっていて、異常項に関係した線の方が多い。どちらが異常か、分からない。
 その異常な方の線のうちgf値が大きい順に10本書き出したのが下の表である。
 今回紹介した線が3強であることが分かる。

表 Ca I 線の異常項に関係した主要な線10本

-- -------- ------- ---------- ----- ---------- ----------- ----- ---------
No WV(nm) log gf upper eV level lower eV level
-- -------- ------- ---------- ----- ---------- ----------- ----- ---------
20 636.179 0.954 51611.40 6.40 5 3d4d 3G 35896.89 4.45 4 3d4p 3F
20 634.331 0.845 51579.00 6.40 4 3d4d 3G 35818.71 4.44 3 3d4p 3F
20 631.811 0.699 51553.60 6.39 3 3d4d 3G 35730.45 4.43 2 3d4p 3F
-- -------- ------- ---------- ----- ---------- ----------- ----- ---------
20 760.988 -0.198 51396.32 6.37 3 3d4d 3D 38259.12 4.74 3 3d4p 3D
20 829.218 -0.391 51396.32 6.37 3 3d4d 3D 39340.08 4.88 2 3d4p 3P
20 760.232 -0.408 51369.38 6.37 2 3d4d 3D 38219.12 4.74 2 3d4p 3D
20 669.102 -0.416 53200.40 6.60 4 3d4d 3F 38259.12 4.74 3 3d4p 3D
20 817.329 -0.546 51571.70 6.39 1 3d4d 3S 39340.08 4.88 2 3d4p 3P
20 665.206 -0.575 53247.90 6.60 3 3d4d 3F 38219.12 4.74 2 3d4p 3D
20 830.747 -0.631 51369.38 6.37 2 3d4d 3D 39335.32 4.88 1 3d4p 3P
20 759.707 -0.680 51351.74 6.37 1 3d4d 3D 38192.39 4.74 1 3d4p 3D
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References

Allende Prieto, C., Barklem, P. S., Lambert, D. L., & Cunha, K. 2004, A&A 420, 183.
Kurucz, R. L., & Bell, B. 1995, Atomic line list (Kurucz CD-ROM No.23, Harvard-Smithsonian Center for Astrophysics, Cambridge, MA).
ヘルツベルグ, G. 1964, 「原子スぺクトルと原子構造」, 堀健夫訳、丸善.

(2013.10.15.)