加藤 賢一著
恒星社(東京)、定価 4290 円(税込み)
2025年10月、恒星社より発売
天文学の基礎を築き、後世に大きな影響を与えたプトレマイオスの『アルマゲスト』への接近法を、現代の数学的知識を用いて解説する。
アレクサンドリアの学者プトレマイオスが紀元150年頃に著した、世界最初の天文学書と言われる『アルマゲスト』。のちに中世天文学の基礎となる、偉大なる書である。本書は、このなかなかに難解な『アルマゲスト』への接近法を解説したものである。そもそも『アルマゲスト』とはどのような問題を扱い、どこまで明らかにしたか、彼の天動説(地球中心説)とはいかなるものかといったことを、手短に把握していただくことを目的としている。
本書で『アルマゲスト』の概要をつかんでいただければ古代ギリシャ天文学の到達点を知ることができるだけでなく、コペルニクスやケプラーが何を克服すべき課題としたかが浮かび上がってくるはずである。
第T部は藪内清訳『アルマゲスト』の目次に沿って各巻を解説。第U部に『アルマゲスト』の精華とも言うべき惑星運行論の概説を、付録に数学的な事項をまとめている。
まえがき
本書は今から1900 年ほど前、エジプトのアレクサンドリアで活躍したクラウディウス・プトレマイオス(100 頃〜 180 頃)が著した世界最初の天文学書といわれる『アルマゲスト』への接近法を解説したものである。そもそも『アルマゲスト』とはどのような問題を扱い、どこまで明らかにしたか、彼の地球中心説(天動説)とはいかなるものかといったことを手短に把握していただくことを目的としている。
『アルマゲスト』には70 年余の歴史を重ねている薮内清氏(1906 〜 2000)による邦訳があり、ともかくも日本語で読むことができる。ところが「2 世紀のころに編纂されたこの著述を読了することは、なかなか面倒である。特に限られた数学的知識を最大限に活用することから起こる、まわりくどい記述にはいささか閉口するであろう」と『天文月報』(1956 年1 月号)で薮内氏が語るとおり、すんなりというわけにはいかない。『アルマゲスト』は数式も含めて全てを文章で表現する文字代数と呼ばれる記法で記述されていて、現代のわれわれには確かに近寄り難い。こうした事情は当のヨーロッパでも同じだったようで、その証拠に意訳本や解説書がたくさん出されてきた。そこで、そうしたものを参考に初等数学、なかでも三角関数の基礎知識を主要な新しい道具(当時はなかったという意味で)として再構成を試みたのが本書である。だから、本書と『アルマゲスト』そのものを並べて見るとあまりの違いに驚かれると思う。本書は『アルマゲスト』を忠実に紹介しているわけではなく、その趣旨を汲んで独自のスタイルでまとめたという点をご理解いただきたい。記述に際しては、定式化や計算の過程をできるだけ省略しないように努めたから容易に追っていけるだろうし、冷や汗ものだが、筆者の過誤には容易に気づかれるに違いない。
本書には第U部として、『アルマゲスト』の精華とも言うべき惑星運行論の概説を付けた。『アルマゲスト』の惑星運行論は第九巻以下に水星から土星まで順番に並び、整然とした構成となっていてとても美しい。美しいが、その通りに読み進めていくのは、実は、相当厄介である。最初に登場する水星や金星の運行論は、後に紹介される外惑星の運行論に基づいて書かれていて、理解しやすさが犠牲になっているからである。
また、主に数学的な事項を付録にまとめておいた。付録第3 章ではプトレマイオスやコペルニクス(1473 〜 1543)の惑星系モデルとケプラー(1571〜 1630)の楕円軌道モデルとの精度比較を試みた。プトレマイオス系の特徴がよくわかると思う。その惑星論で不首尾に終わった水星の運行論では、地球中心説ゆえに地球公転の効果を水星軌道に転嫁せざるを得ず、それが原因だったことを第4 章で紹介している。
各巻の名称は独自に付したが、各章の題名は薮内訳を踏襲した。少々いかめしいのはそのためである。この藪内訳があったればこそ『アルマゲスト』との濃密な時間を過ごすことができたことに感謝し、そのまま採用させていただいた。なお巻末に置かれている備考は筆者が追記したものである。
コペルニクスの『天球回転論』しかり、ニュートンの『プリンキピア』しかり、偉大な著作となると容易には理解し難いというのが正直なところではなかろうか。『アルマゲスト』も例外ではない。そこで本書である。これで『アルマゲスト』の概要をつかんでいただければ古代ギリシャ天文学の到達点を知ることができるだけでなく、コペルニクスやケプラーが何を克服すべき課題としたかが浮かび上がってくるはずである。また、たとえば、地球中心説(天動説)はプトレマイオスから始まるとか、プトレマイオス宇宙では地球を中心に同心円状に日月惑星がめぐるなどといった幼稚な誤解をしなくて済むようになるものと思う。
拙い本書ではあるが、読者の皆さんにとって古代から近代への天文学の流れを具体的に把握するための一助となればこれに勝る喜びはない。